僕の村は釣り日和10~決戦!
こうして僕たちを乗せたワゴン車は、笹熊川に沿って走る林道を目指して出発したのだった。
ワゴン車は林道の終点で停まった。そこから先は歩きである。
車を降りて、まだ暗い、朝の新鮮な空気を肺の中へ大量に吸い込む。それはグリーンガムより、何倍も清々しい空気だ。
どうやら霧が立ち込めているようだが、ライトを点けないと何が何だかわからない。ただザーザーと川の流れる音と、カサカサと樹々の葉がこすれ合う音が聞こえる。
僕の体は本来の野生を取り戻したかのように、五感を鋭くさせる。思えば、釣りをする時も同じだ。体中の神経を、いつも鋭く働かせている。釣りをするということは、野生に返るということなのだろうか。
「さあ、急ごう。朝マズメを逃したら大変だ」
皆瀬さんがヘッドランプを点けようとした時だった。我々の前の茂みがガサガサと動いた。
「ひっ!」
小野さんが僕の腕にしがみついてきた。僕は思わず、小野さんの肩を抱き締めてしまった。
黒い物体はヘッドランプの明かりを嫌うように、光の帯から逃げた。だが、小野さん以外にはその正体がすぐにわかった。あのモヒカン猿だ。
皆瀬さんがヘッドランプを消す。すると、モヒカン猿は僕たちの前に来て、のっそりと歩き始めたのだ。
僕たちはモヒカン猿の後を歩いた。まるで初めて鬼女沢に行った時のようだ。モヒカン猿がヘッドランプの明かりを嫌うので、闇の中を分け入って進む。時折、笹の葉が剥き出しの腕や足を容赦なく切りつけた。
東海林君や皆瀬さんはウェーダーを履いている分、足は保護されている。小野さんも少々ブカブカだが、アユ釣り用のタイツを履いている。
東海林君は釣竿が枝に引っ掛かり、苦労をしていた。彼の釣竿はブラックバス用のもので、ワンピース(一本竿)のため、折り畳みができないのである。少々不便だが、釜の主を釣り上げるためには、苦労は惜しめない。
僕たちは鬼女沢に沿って、モヒカン猿に先導されながら、歩き続けた。東の空がうっすらと赤みを帯び、山の稜線が浮き立っている。
涼しい空気が気持ちいいが、身体の内側から熱く込み上げてくる熱気だけはいかんともしがたい。汗が目に入り、痛かった。何度もタオルで拭うが、次から次へと汗が吹き出してくる。もし、自分一人だったら、とてもこんなところまで来られないだろうと思う。
作品名:僕の村は釣り日和10~決戦! 作家名:栗原 峰幸