僕の村は釣り日和10~決戦!
「やっぱり、この村に来てよかったな。お父さんが二人もいるんだからさ」
「はははは、気が早いぞ!」
皆瀬さんが豪快に笑いながら、東海林君の背中をたたく。
小野さんと僕も笑った。僕も自然と目の前がかすんだ。
山を下り、東海林君の家に帰る。すると、東海林君の母親が家の前で待っていた。
ワゴン車は優しいブレーキで、東海林君の母親の前に停まる。東海林君も、小野さんも、僕も一斉にワゴン車から飛び降りた。
「お母さん、ついにやったぜ。釜の主を釣り上げたんだ。82センチの大イワナだ!」
「そう、それはよかったわね。でも、みんな無事に帰ってこれたのが、一番のおみやげよ」
東海林君の母親は慈しみ深いほほえみをたたえて、そう言った。
「ただいま」
遅れて車から降りた皆瀬さんが、東海林さんの母親に向かって言った。
「おかえりなさい。ありがとうございました。なんてお礼を言っていいのやら」
「いえいえ、お礼を言うのはこっちですよ。こんなチャンスを与えてくださったのですから」
皆瀬さんが爽やかにほほえんだ。
「ところで、あの人には会えまして?」
「はい。我々を見守ってくれました。そして、最後に」
「最後に?」
東海林君の母親が体を乗り出す。
「皆瀬さんを認めてくれたんだ。お父さんは山の中で、自由に自然に暮らすってさ」
そう答えたのは東海林君だった。
「お父さんは言っていたよ。『俺は死んでいない。そして、人は今とこれからをどう生きるかだ。お前はいい理解者に恵まれている。それは一生の宝だ』だって」
「ううっ、あなた……」
東海林君の母親が泣き崩れた。
「お母さん、しっかりしなよ。お父さんは皆瀬さんに最後、『正をよろしく』って言ったんだぜ」
東海林君が母親の肩を支えた。それは男らしい仕草だった。かつて、「一杯一杯だ」と言っていた彼の姿はそこにはなかった。
東海林君の母親は、体中の水分が抜け出てしまうのではないかと思うくらい泣き続けた。
それを皆瀬さんは優しそうなまなざしで見つめていた。今は自分が出るべきではないと自覚しているのだろうか。皆瀬さんはただ、見守り続ける役に徹し、母親の介抱を東海林君に任せていた。母親を支える東海林さんの顔は男の顔つきそのものだった。
作品名:僕の村は釣り日和10~決戦! 作家名:栗原 峰幸