神様ソウル
公園に到着する。木々が至るところに生え、雑草も伸び放題。遊具も置いておらず公園というよりは空き地に近い。
「着いた……」
自分の体力のことももっと気にするべきだった、少し後悔した。麻倉を抱えた腕が痛い。前に歩を進めようとする足が重い。……まぁ、とにかく安全な場所まで来ることができた。中央のベンチ付近が見通しが良くていいだろう。
「里見くん……もう、自分で歩けるから」
「ん、おう」
麻倉を下ろす。彼女は顔を赤らめて何か言いたげな顔でちらちらと僕の方を見ていた。ちなみにテミスは僕らよりも一足早く公園に到着してそのベンチの安全性を確認してくれている。僕は彼女のお陰で安心してあのベンチを選択することができた。
「とりあえず、あそこのベンチに座ろう」
歩き出したその時。足元の地面が突然すっぽりと抜け落ちた。内臓が浮きあがる感覚。僕は落下していた。尻をしたたかにぶつけて、着地する。ここは……落とし穴か。しかもかなり深い。二メートルはある。子供がいたずらで作ったにしては良く出来すぎている。もしここに僕じゃなくて麻倉が落ちていたら……。
「里見くん!」「課長!!」
二人の頭が穴の出口から顔を出す。二人の声が穴の中にこだました。
「大丈夫!怪我はしてないみたいだ!ただ一人じゃここから出ることができそうにない」
「そうね、どうしよう……」
「ここに縄跳びがいくつか転がっているんですが、なんとか利用できませんかね」
なんと好都合な。これもテミスのいわゆる『神通力』のお陰だろう。
縄跳びを連ねて結んで作ったロープが降りてきた。
「木にくくりつけてあるので安全なはずです!」
手で強く引っ張って確認してみる。絶対の安全が保障されているわけではないが、上る以外にない。僕は穴の側面に足をついて外へと向かった。
「びっくりだね……こんなところに落とし穴があるなんて」
麻倉がしゃがんで穴の中を覗き込みながら言った。
「そこに居ると危ない。そこのベンチ、行こう」
「……?うん……」
ベンチに座る。体が重い。全身を疲労感が支配している。立て続けに体を動かしすぎたようだ。ベンチには僕と麻倉の二人。テミスは『上から連絡が来た』と言って席を外している。
「里見くん……大丈夫?」
「うん……大丈夫。なんか、ごめんな」
「なんで里見くんが謝るの?」
「……遊ぶ約束だったのにこんなことになっちゃってさ」
「じゃあ今度埋め合わせしてもらおうかな。次は放課後じゃなくて休日一日使ってね」
「おう……任せろ」
「あ。猫だ」
「……猫だな」
すぐ右に並んでいるベンチの上で猫が毛づくろいをしていた。
「首輪つけてる。どこかの飼い猫かな」
朝倉は静かに立ち上がり猫の隣に座った。
「逃げない。人に慣れてるんだ」
麻倉が耳の裏を優しく撫でると、猫は気持ちよさそうに目を細めて彼女に体を預けた。
僕は猫を愛でる彼女の横顔をじっと見つめていた。しばらくの間何も起こらず、和やかな時間が過ぎた。
にゃっ
「あ」
突然猫が麻倉の腕の中から飛び出した。軽やかに体を弾ませて公園の隅の大木まで駆けていき、そこで立ち止まった。
「なんかこっちみてる」
「家に帰るんじゃないか」
「なんか、私のこと呼んでるみたい」
「そうかな」
「…………」
麻倉がゆらりと立ち上がった。
「待て行くな!」
「大丈夫だよー猫見るだけだから」
「待てって……」
彼女に強く引きとめようとしても声に力が入らない。
今はテミスもいない。彼女のそばに行かなければ。
立ち上がるが、体が思うように動かない。
その時、バキバキと固いものをゆっくりと踏み砕いていくような音がどこからか聞こえてきた。音は徐々に大きく、そして間隔が短くなっている。
大木が大きく傾いていた。そんなバカな。徐々に安定を失っていく。このままだと麻倉に直撃する!
前に進まなくては。走れ、動け!
しかし足がもつれて思い切り転んでしまう。
このままだと間に合わない。
テミス!テミス!!
…………。
心の中で呼びかけても彼女から返事は返ってこない。
頭の中からも力が抜けていく。体の感覚もだんだん遠のいていく……。
だれか、だれか……。