神様ソウル
始めに僕たちを襲ったのは大量の本が収められた背の高い本棚だった。
きゃっ、と女性の小さな叫び声が僕らが背を向けている本棚の向こう側から聞こえた後、本棚がバランスを崩しゆっくりと傾き始めた。
普段の僕だったら女性の声を気に留めることもなかっただろう。事実、隣で数学の参考書をめくっていた麻倉はこちらに倒れてくる本棚には気づいていなかった。
本棚の重量は予測が付かないし本棚を止めたところで麻倉への危険は回避出来ないかもしれない。僕はとっさに麻倉の小柄な体を腕の中に抱き寄せた。
「ささささとみくん!?」
「しゃがめ!可能な限り姿勢を低くしろ!すぐに!」
僕の声色から何か切迫した状況にあることを察知したのか、麻倉は即座に僕の命令に従った。僕は体を丸めた麻倉の体を自分の体で余すことなく覆う。
その直後、断続的で鋭い衝撃が僕を見舞った。本だ。棚からこぼれた本の雨が僕の後頭部と背中を襲っている。
くっそ。なんで全部ハードカバーなんだよ。
衝撃は十数秒ほどで止んだ。本棚は僕達が向かい合っていた方につっかかってくれたようで、僕達のすぐ真上で静止していた。間一髪だった。
『課長、大丈夫ですか!?』
テミスの声だ。
『何してたんだよ……』
『ごめんなさい。教科書の購入に手間取ってしまって。生徒証を持ってなかったから手間取ってしまったの』
『わかった……とにかくこっちに来てくれ。早く店を出たい』
『了解です』
「お客さまー!大丈夫ですかー!」
本棚で作られたトンネルの外から女性の声が聞こえてきた。倒れた本棚の方からした声と同じものだ。
「大丈夫です、今出ます!……麻倉、どこか怪我してないか?」
「うん……たぶん。何が起こったの?」
「本棚が倒れてきたんだ。ここに居ると危ない。外に出よう」
僕は麻倉の上から体を退かし、トンネルの出口へと促した。
「う、うん」
トンネルの外には人だかりが出来ていた。店員達が不安げな顔でこちらを見ている。その中の一人がぺこぺこお辞儀しながら前に出てきた。
「真に申し訳ありませんお客様。こちらの不注意で……」
「止まれ!」
僕は店員の動きを制した。店員の胸ポケットには刃の仕舞われてないカッターナイフが差してあったのだ。
あわてていればそんなこともあるだろう。しかしそんな些細な異変も僕は許すわけにはいかなかった。
「全員動くな。僕達が店から出るまでだ。いいな」
「課長」
テミスが人ごみを掻き分けて僕らのもとに駆け寄ってきた。
「テミス。出るぞ」
店員も客も不審な者を見るような目で僕達を見ていた。何かひそひそと話をしているのも聞こえる。
「里見くん」
麻倉が制服の袖をぎゅっと掴んだ。
「行こう」
僕はその手を取って彼女の背中を押し、店の外へと歩き出した。