スターダスト・ガール
母親を玄関で見送ってリビングに戻ってくると、さくらが台所で食器を洗っていた。
「食べ終わったんなら帰ってくれよ。学校遅刻するぞ」
「お前はいかないのか?」
「今日はいいや。誰かに叱られるわけでもないし。テレビでも見て過ごすよ」
ソファに座り、テレビの電源をつける。しばらく眺めていると、皿洗いを終えたさくらが僕の隣に座った。
「なんだよ。間に合わなくなるぞ」
「お前は一つ勘違いしているな」
「なんだよ」
「私がこの制服を着ているからといって、この学園の生徒とは限らないだろう」
「……コスプレ趣味の方でしたか」
「違う、と言いたいがその表現でも特に間違いではないな。……私がお前の部屋に忍び込んだ理由について、知りたくはないか?」
「家出して寝床を探してたとか、情欲をもてあましていたとかじゃないのか?」
「もう少し正当な理由がある。周りに知り合いがいないから理解者が欲しいんだ。聞いてくれ」
「お前の性癖を理解できるかは分からないが、がんばるよ」
「なんかイラッとくる物言いだが、まぁ話そう。まず、これから話す内容の前提として知ってもらいたいことがあるのだが」
「おう、なんだ」
「私が宇宙人だということだ」
…………。
「……そうか」
「哀れむような目で私を見るな!」
「だって……ねぇ?」
「ねぇ、じゃない!私は宇宙人なんだ!」
「じゃあなんか、宇宙人っぽいことしてよ」
「宇宙人っぽいこと……ってなんだ?」
「地球人に不可能なことなら何でもいいよ。変身とかできないのか?」
「変身か。できないことはないが、あまり気は進まないな。他に何かないか?」
「他?……レーザー銃とか持ってないの?物凄い威力のやつ」
「武器は持ってないな。それに近いことならできるが」
「じゃそれでいーよ」
『わかった』とさくらが返事をしたのが聞こえたが、もう僕は大して興味を持っていなかった。テレビでは全身をローション塗れにした芸人達が土俵の中で押し合っていた。芸人達が何人も入り乱れて乱闘になり、全員がほとんど同時に思い切り尻餅をついた。どっ、と会場が笑いで包まれると同時にテレビが真っ二つにぱっくりと割れた。
「ええー!!!!」
とっさに女のほうを見ると人差し指を伸ばしてテレビのほうに向けていた。
「どうだ?すごいだろう。地球人にはとてもできまい」
「何得意げな顔してんだ!このテレビどうするんだよ!」
テレビに駆け寄ってみる。刀か何かで切られたようなきれいな跡だった。
「このテレビ出たばっかのやつだったから高かったんだぞ……」
苦労して貯めた金で買ったテレビをスクラップにされて怒り狂う母が容易に想像できた。
「何、修理すればいいだろう」
「こんな鮮やかに切られちゃあ修理のしようもねぇよ!業者もびっくりだよ!」
「まぁ、まぁ。落ち着きなさい」
女が地面に転がったほうの部分を拾い、テレビのもと合った場所に載せた。切断された箇所を指で何度も擦る。十秒ほどそんなことを続けて、
「ほら、直ったぞ」
そんなことあるわけが、とテレビに触れてみた。
「くっついてる……」
「ほらこの通り、電源もつく」
電源を入れると最近売り出し中のグラビアアイドルがさっきの芸人と一緒にローション塗れになって転がっていた、賑やかな歓声が聞こえる。
「これで私が宇宙人だということを信じてもらえるだろうか」
「……保留だ」
「まぁいい。それで宇宙人の私がこの星に何をしにきたかというのが本題なんだが」
「うん」
「子供をつくりたいんだ」
…………。
「……そうか」
「哀れむような目で私を見るな!」
「結局ただの痴女じゃねぇか!しかも宇宙人であるという話とまったく関係ない!」
「一旦最期まで話を聞いてくれ!」
「確信した!最後まで話を聞いても子供を作りに俺の部屋に忍び込んだ人間の理解者になることなんてできない!」
「悠一!」
女が僕へ人差し指を向けた。
「……話を聞け」
口を閉じて両手をあげると、さくらは手を下ろし話し始めた。
「私は宇宙を旅する種族なんだ。星の引力に引き寄せられ人知れず漂着し、その星の住民に化けて暮らし繁殖する」
「子作りが目的というのはそういう意味だったんだな」
「そうだ。そして非常に厄介なのが、私達の習性というか本能で……時折、すごく欲しくなってしまうんだ」
さくらが若干頬を赤らめていた。ここまでやっておいて今更恥ずかしがることもないと思うが……。
「欲しくなる?」
「定期的に男と交わりたくなるんだ。発情期というやつだ。さっきはちょうどそれだった」
「なるほど。それでどうして俺が狙われたんだ?」
「お前を昨日、山で見かけたからだ」
山?ああ、あれか。昨日学校で……。
作品名:スターダスト・ガール 作家名:くろかわ