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てっしゅう
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「哀の川」 第十八章 杏子の決断

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潤子の歌う順番が廻ってきた。ステージに立った母を由佳は初めて見た。唄いだしてビックリ!プロかと思えるほど艶っぽい声で、堂々と歌いだしたからである。昔のど自慢で優勝した経験があるとは聞いていたが、これほどだとは思ってもみなかった。杏子も純一もそこにいる客のすべてが聞き惚れていた。

唄い終わってたくさんの拍手が鳴った。
「いや〜お母さんお上手ですね。ビックリしました」客の一人一人がそう言った。席に戻って純一もベタ褒めした。由佳は純一が母を褒めてくれたことが嬉しかった。もう、その目は恋の炎がめらめらと揺れているように杏子には見えていた。由佳の表情、体つき、声そのすべてが、脳裏に焼きついた一日が終えた。
入浴を済ませて布団の中で溢れる涙が後を絶たない。伯母として純一と続いても、女としては今日を最後にしようと決めていた。


翌日学校から帰ってきた純一に杏子は思いをぶつけた。いや、はっきりと別の生活をしたいと言いたかったのだ。店を開くまで少し時間がある。二階で二人は話し合っていた。

「純一、あなたはもう家に帰りなさい。いつまでもここに居ることは感心しないから。やらなくちゃいけないことたくさん出来たでしょう?私のことは心配しないで。お店は手伝ってくれる人がいるから大丈夫よ」
「杏ちゃん?どうしたの急に・・・何か嫌なこと言った?」
「そうじゃないのよ。前からそう考えていたことなんだから、深くは追求しないで。大学受験もあるし、部活もあるし、ね?私と居てはいけないのよ」
「勉強と部活は一生懸命にするよ。杏ちゃんにも迷惑かけないから、このままではいけないの・・・」
「純一、あなたの自由と権利を奪うことはしたくないの。早見さんはあなたのことが好きよ。その想いに応えてあげて・・・彼女を幸せにしてあげることは、純一の男としての成長に役立つの。私から離れることが、あなたの成長になるのよ。嫌いになんかならないから、ずっと好きよ。時々ここへ来て話が出来ればそれでいいの。ねえ、そうしたいから願いを聞いて」
「杏ちゃん・・・由佳は後輩だし友達なんだよ。向こうがどう思っていようが、ボクが好きなのは杏ちゃんなんだから、解っているよね?そんなこと」
「ええ、解っているわよ。嬉しいと思っている。でも今日まで。決めたの、私は純一の伯母に戻ることを。今までこんな年の私を大切にしてくれてありがとう・・・抱いてくれて、ありがとう。いっぱい想い出が詰まったこの部屋にずっと居られるから幸せなのよ。由佳さんはいい子よ。可愛いし、お母さんも応援してくれているし。純一には相応しい彼女になるよ」
「・・・本当にそれでいいの?いい加減な気持ちで男の人に抱かれたりしないでよ!それが一番嫌なんだ・・・僕もいい加減な気持ちで女性を抱かないから。約束して・・・」
「ええ、そうね、そんなことはしないと約束するわ。純一もね、彼女以外に変な気持ちを起こしちゃダメよ。我慢できなくなったら、自分でするのよ」

純一は杏子との関係が終わったことで由佳への思いがふと湧いてきた。明日から、後輩じゃなく彼女として見るようになるのかと、不思議に感じた。杏子との最後の夜になった。

「純一とこうして一緒に寝るのも今日が最後ね。楽しかった思い出がいっぱい甦ってくる。ホテルで一緒にお風呂に入ってあなたオッパイ触ってきたよね、ウフフ・・・私があなたのを触ったから仕返しにって。ママに言いつけたりして・・・」
「そんなことがあったね。あの頃は杏ちゃんの裸見ても何も感じなかったから、不思議だよね。伊豆の高原でいきなりキスしてきたでしょう?あれはどういう気持ちだったの?小学生だったんだから」
「可愛いって思ったから。純一がどんな顔するのか見たかったし。本当は、すこし欲求不満があったのかも・・・ずっと一人で暮らしてきたからね」
「じゃあ、あの時二人きりになっていたら、ボクとこうなってたの?」
「あなたのが大きくなったらね・・・そうなったかも知れない」
「そうなんだ。女の人って怖いね」
「私だけかも・・・そんなこと考えていたのは。普通は伯母と甥だからね。何か自分の中に特別な感情があったのよ、あなたに対して。今だから言うけど、きっと麻子さんへの嫉妬ね。直樹を盗られた・・・直樹はね私が愛した初めての男性だったの。驚かないでね。姉としてではなく女としてよ。私と直樹は似ていないでしょう?何故だか解る?」
「パパと杏ちゃんが・・・好き同士だった?ってこと。似ていないって言われれば確かにそうだね。パパは背も小さいし色も浅黒い。神戸のお母さんに似ているね。杏ちゃんは色白いし、神戸のお父さんとも似てないし・・・」
「直樹も知らないと思うけど、私は大学生のときに知ったの。父親が違うってこと。母の浮気で出来た子供なの・・・それがあったから、母親の反対を押し切って結婚したの。家を出てゆきたかったから。直樹に愛情を感じていたのは、そのことが自然に自分の中で想いとなって現れていたのよね。ビックリした?パパにはまだ内緒だよ」
「うん、でもパパが知らないのに、何故杏ちゃんは知ったの?」
「友達が手術をするので献血に行ったの。血液型を調べてもらってカードを貰った。ふと見るとそこにはO型と記されていたの。母はO型、父親はAB型。解る?意味が・・・」
「うん、わかるよ。習ったから。パパは何型なの?」
「多分A型よ。あの性格は。純一は何?」
「ボクもO型。ママがそうだから」

話は尽きない。深夜になって、もう寝なきゃって布団に入った。杏子は最後の夜を最高の思い出としたいと純一を誘った。

「純一、本当に今日が最後よ。あなたと愛し合うのはこれが最後。未練になるかも知れないけど、甘えさせて・・・」
「杏ちゃん、時々来てこうなっちゃダメ?」
「ダメよ!あなたは由佳さんとこうなるのよ。それまでは我慢できなかったら自分でするの、男は出来るでしょう?由佳さんを大切に考えないと失ってしまったら悔やんでも悔やみきれないから、覚えておきなさいね」
「今日は頑張るから・・・今まで色々教えてくれてありがとう。仕事無理しないで頑張ってね。辛いときは何でも話して、僕も話しに来るから」
「ええ、本当にありがとう・・・」もう言葉にならない。哀しみを二度と味わいたくないと我慢してきた恋愛にのめりこんでしまった結末。自分で決めたとはいえ、こうして好きな純一に抱かれる自分が本当に哀しい。すべてを忘れ去るように、激しく求め腰を動かした。二度三度と登りつめて、純一の大きなうめき声と共に二人は同時に果てた。

次の日純一は学校帰りに久しぶりに自宅へ戻った。麻子は仕事が終わってから、荷物を取りに杏子の店に車を走らせた。純一も一緒に着いて行った。店に入ると由佳の母親潤子が来ていた。頭をペコっと下げて、二階へ上がり荷物を降ろしてきた。外に出てきた潤子は様子を聞いてきた。
「純一さん、どうしたの?」
「はい、実家に戻ることにしましたので・・・あっ!母です。こちらは後輩のお母さんで早見さんです」
「純一の母です。よろしくお願いします。至らぬ先輩ですが、応援してやって下さい」