舞うが如く 第七章 10~13
「おせんさんも私達と、同じブロックだし、
釜も、繭も、同じ条件な訳です。
おせんさんに出来て、わたしたちに、出来ないわけは、ありませぬ。」
などと真剣に、額を寄せて密かに相談をいたします。
その翌日からのことでした。
二人とも、おしゃべりはおろか、手洗いまでも我慢をします。
どうしても行きたい時には、駆け出して往復をするようになりました。
糸が切れないようにするために、お互いに細心の注意と工夫を怠りません。
汚れてきた釜のお湯を交換するときには、事前に用意をするなどして、
糸とりを止めないようにひたすら作業を改善します。
その甲斐もあって、二人はついに、
8升の糸とりを達成することができました。
成し遂げたことに二人は手を取り合って大いに喜び合います。
指導員の深井さんも有頂天で、
「君たちは実に、大したものだ。頑張ってこれからも続けてください。」と、
たいそう嬉しそうに、事務所からはるばると駆け付けてきました。
しかし、この話を聞いた前橋の同僚たちが、皆一様に、
一斉にヤキモチなどを焼きはじめます。
「1日に8升もとれるなどとは、断じておかしい。
もともと繭4、5粒の糸をより合わせて、一本にするのが正規なのに、
いちどに7、8粒の糸をより合わせて一本にして
繭の使用量を増やしてるいるのではありませぬか?
私たちには、到底無理なはなしです。」
これはまったく根拠のない、やっかみだけの勘ぐりの意見です。
これをきっかけとして、この時から、
糸取り場の空気が変わり始めました。
しばらくすると、前橋の同僚の一人が、
8升をとったという噂が聞こえてきました。
お初という娘で、一番先に8升を疑問視していたその娘です。
さっそく民子が、そのお初をつかまえました。
「お初さん、ついに8升とったそうですね。
やはり、わたし達と同じように、7、8粒の糸をより合わせて、
一本にしましたか?」
「ハハハ、ごめんなさい。
一生懸命にやれば、できるということだけが、はっきりといたしました。
並なことでは、とうていにできないことも、
大変に良く解りました!。」
と笑って、手をとりあって仲直りをします。
前橋の仲間たちも負けず嫌いでは、それぞれにひけをとりません。
生産性の向上を頑張りはじめたために、
やがて次々と8升が普通になってきました。
こうして、「7升では、ちょっと少ないかな」と言われるほど、
前橋出身者のレベルも上がってきました。
作品名:舞うが如く 第七章 10~13 作家名:落合順平