舞うが如く 第七章 10~13
舞うが如く 第七章
(11)工女たちの休日
富岡製糸場は、”官営による模範工場”の代表です。
仕事面ばかりではなく、
休日の社内行事なども模範的に運営をされていました。
街の芝居小屋を貸し切って、工女たちの一同が見物に出かけます。
場内には、工男たちも沢山いますが、
こうした社内行事には一切参加することはできません。
毎年の3月末には、一ノ宮にある貫前神社(ぬきさしじんじゃ)の境内で、
盛大にお花見の宴が催されます。
数百人の若い娘たちが、満開の桜の下に、一斉に集います。
ふだんから日なたにも出ず、毎日湯気に蒸されていますので、
髪は黒々と艶も豊かで、
顔の色も実に美しいものがあります。
入湯を一日も欠かさないうえ、
入念にお化粧を施したうえに、身だしなみも
充分に整えていますのでいたるところに別嬪さんたちが溢れました。
酒盛りなどをするわけではありませんが、
本格的な日本舞踊を披露する娘や、三味線などの鳴り物を弾く娘達たちも
たくさんいて、たいへんに賑やかです。
数日前に北海道から着いたばかりの、新人工女たちも参加をしました。
引率してきた役人が着ていたラッコの外套が、
娘たちの、好奇の視線を集めます。
「アイヌだアイヌだ」と言う
ヒソヒソ声も聞こえてきましたが、こちらは早合点でした。
実際には、開拓に入った和人の娘たちがここへの実習に
派遣されてきただけのことでした。
作品名:舞うが如く 第七章 10~13 作家名:落合順平