舞うが如く 第七章 10~13
結局、咲が常時付き添うことで落着をします。
一同はそれぞれに、その日は一旦各自の持ち場へ戻りました。
しかし様子を見たものの、その後も民子に食欲も無く、
食事もまったく進みません。
足も全く立たなくなったために、「はばかり」へ行くにも咲が肩を貸して
通い、介助することになりました。
それにもかかわらず、回復への兆しは一向に見えず、
ただ時間と月日だけが流れます。
最年少の咲は、泣き言一つ言わずに、
病室と自分の部屋の間を、走ったままでの往復を連日繰り返しました。
三度三度の食事のために、咲は自分の部屋まで全速力で駆けてもどります。
急いで自分の食事を済ませると、今度は小さな体をはずませて、
七十五間とその先の十間余の長廊下を全力で走りぬけて、
民子が心待ちにしている病室へと戻ってきます。
そんな咲による看護の日々が、およそ3か月あまりも続きました。
すこしだけ回復のきざしを見せたはじめた民子に、
入湯の許可が初めて出ました。
小さな咲が、やせ細ったとはいえ、長身の民子をおんぶして、
ようやく湯殿にまでたどり着きます。
共々に裸となり、小さな咲が、細身の民子を抱きかかえて、
やっとお湯へとつかりました。
周りにいた工女たちが、それをのぞいて口ぐちに笑いましたが、
咲には、笑う余裕などはまったくもってありません。
湯気の中で、抱きかかえられた民子が小声で
咲の耳へ、なにやら短く囁きました。
顔を真っ赤にした咲が、嬉しそうにこくんとひとつ頷きます。
どんな言葉であったのか、それは誰にも聞こえません。
しかし傍目にも分かるほど、
余りにも嬉しそうな咲の様子に回りの工女たちは、
ただただ首をひねるばかりでした。
作品名:舞うが如く 第七章 10~13 作家名:落合順平