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フォックスギャップの亡霊

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05.浅い眠り



 破裂音に飛び起きる。同時に強か額を天上にぶつけた。真っ白に飛び散った火花と脳が冷えるような感覚。何が起こったかレナードが理解できたのは、頭が再び床に沈んでからのことだった。思い出せば出すほど怒りが増す。午後のまどろみ。綺麗に飾り立て、なおかつ簡潔に表現したところで間抜けさは消えない。

 ローテーブルの下から頭を引っ張りだし、すっかり冴えた頭で元凶の位置を測る。再び甲高い音。パン、と空気を割るたびに、太い羽音と騒がしい鳴き声が追いかけてくる。音が大きいのも通りで窓は全開。湿気は残っているものの雨は上がり、鈍色に滲んだ雲を突き破って光が差している。どうせ顔を出すよりも早く日は暮れるだろうが。上半身を外へと突き出し、レナードは小康状態を保つ音源へ首を伸ばした。


 運動神経の悪さは自他とも認める癖して、オリヴィエは見事カンフーマスターよろしく窓から隣の非常階段へ飛び移ることに成功したらしい。錆びたスノコ状の鉄板に座り込み弄っているのはコルトパイソン。ご丁寧に弾まで持ち出している。
「何やってんだ」
「借りた、これ」
 まるで悪びれた様子もなく、オリヴィエは空になったシリンダーから目を上げた。
「何やってんだって聞いたんだ俺は」
 不機嫌さを増した声で繰り返せば、ようやく望んでいたものが返ってくる。
「カラス撃ってた」
 箱から弾をつかみ出し、不器用な手つきで装填していく。見かねる以前の問題で苛立ちが募り、口の中から喉の奥にまで広がる。まるでフェラチオのように。
 付けられたばかりの泥の足形を塗り替えるよう自らも桟へ足を掛ける。真下には濡れたアスファルト。地上三階。墜落しても死ぬことなど出来ない。
「やめろって」
「お前に出来て俺に出来ないってのか」
「違う、狭いから」
 言い終わる前に身体は宙へ飛び出していた。浮遊感は一瞬だけ。派手な音を立てて鉄が震え、両足が痺れを吸い込む。よろめきすらしない。手摺から掌を引き剥がしてオリヴィエを見遣れば、彼は怯えて身を竦め、目を見開いていた。
「無茶苦茶だ」
「お前に言われたかないね」
「下手したら二人とも落っこちる」
 まだ引きずる呆然と共に、オリヴィエは差し出された手へ銃を乗せた。
「やだよ、今になって」
「そりゃこっちの台詞。おまわりに通報されたらどうする気だ、クソッタレ」
色だけはきつい陽光に透けてピンク色に近くなった頭を掻き、銃を点検する。それから足元を。薬莢は地面に落ちたのか、一つも転がっていない。後で拾いに行かせるべきかとも思ったが、心配する程この辺りは治安がよくなかった。

「カラス撃ってたって?」
「あそこらへんに。多分今朝鳴いてた奴らだよ……練習するにはもってこいだろ」
 振り仰いだのは自室から見て斜め上の部屋。もうカラスどころか小鳥一匹おらず、薄汚れたアンテナが淋しく佇んでいるのみだった。生意気に衛星放送なんか見やがってと、怒りは簡単に膨らむ。
 身体を軽く傾け右足を引く。曲げた左の肘で顎裏に残っていた寝汗を拭ってから、レナードは引金へ掛けた指に力を込めた。2発、そして2発。最初のワンセットで中心に穴が空き、次のワンセットで円盤の三分の一が弾け飛ぶ。剥がれた残骸がコンクリートの外壁にぶつかりながら落下していっても、部屋主は窓から顔を出さなかった。もしかしたら空室なのかもしれない。

「すごい」
 馬鹿みたいにぽかんと口を開け、オリヴィエが呟く。
「ダーティハリーみたいだ」
「俺が撃つって言ったろ」
 わざとそ知らぬふりで、レナードは片手だけで器用にシリンダーを開いた。
「にしてもひでえ腕だな。90歳の婆さんでももうちょっと当てるぜ。使ったことないんだろ」
「あるよ、ちゃんと」
「人にか」
「空き缶」
 立膝に顎を埋め、唇を尖らせる。
「あんたは?」
 取り出した薬莢がぽとぽとと転がり落ちていく。あるものはそのまま真直ぐ地面へ。あるものは一度薄い鉄の上で跳ねた後、ゆっくり転がってから宙へ吸い寄せられる。
「ある」
「韓国で?」
「ソウルでも国でも」
 自然と寄ってしまう眉間は磨かれた銃身が眩しいせいだ。レナードはそう思っていた。黒光りするそれは確かに鉄の塊なのに、強烈な熱を持っていると確かに分かるのだ。
「それ、軍隊で使ってたの?」
「親父の形見」
父がこの銃を使う場面などレナードは一度として見たことがなかった。そもそも所持していたことすら知らなかった。情けない、自分の体重の半分くらいしかない妻の尻に敷かれていた男だ。一生に一度くらい勇気を振り絞って、甲高い罵声ばかり撒き散らす口へ一発ぶち込んでやればよかったのに。

「かっこいいなあ。コルト・ガバメント持ってる親父なんて」
 夕闇が手を伸ばし始める空を縫い閉じるよう、オリヴィエは声をあげた。思わずレナードは、傍らで蹲る青年をまじまじと見下ろした。耳に入ってきた時から、子供のような口調は素直に賞賛を表している。いま目に映る表情は言葉に増して白痴的だった。
キーワードは普段浮かべている卑屈でひねこびた表情を深化させるには十分なものであるはずだ。だが今に限って、オリヴィエは年相応のひたむきでレナードの手もとを見つめていた。
「ガバメントじゃない、パイソン」
 その場へじりじり腰を下ろすと、レナードは再び青年の手に銃を握らせた。
「ガバメントはリボルバーですらない」
 返って来たのは生返事で、口以外の全ては掌の重みを味わっている。
「誰か撃つ予定でもあるのかよ」
「多分……親父かな」
 撃鉄に指で触れながら、まるで現実味を帯びない口ぶりでオリヴィエは答えた。
「使うと思う」
「やるなら後ろに回って撃て。後頭部に銃を押し付けて、斜め上から顎へ抜けさせる要領で」

 気付けば浮かべていた唇の歪みは、無理せずとも持続させることが出来る。下手をすればこのまま再び瞼を閉じてしまいそうな気の緩み。何事も肩の力を抜くのは重要だ。数時間後には大きなヤマが待ち構えている。これだけ落ち着いていられたら、必ずや成功するに違いない。
「確実に殺れる」
 それでおしまい。仕事も、この緩慢に歯噛みするような生活も。頬に刻まれた皺を伸ばすことなく、レナードは欠伸へ紛らわすようにして暮れはじめた空へ眼を瞬かせた。