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フォックスギャップの亡霊

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04.夜に舞う鴉



 ダンのアパートから歩いて5分のモールで遅い昼食を。世界有数の繁華街が近いせいかルイス・バラガンがやっつけ仕事に改築したかのような、見てくれだけは洒落た建物だった。だが中は酷い有様。二人が片隅を占有するフードコートも、そこはかとなく便所臭さが漂う上床は禄にモップも掛かっておらず、隠れるようにして床に鎮座するスタウトの6本パックが入った袋は泥の足型に汚されていた。
「明け方、すごくなかった?」
 ビッグマックに齧りついた口をそのまま動かしオリヴィエは言った。煙草を吹かすレナードは片眉を吊り上げ、面倒くさそうに話の続きを促す。
「烏の声。何時ごろか分からないけどギャーギャー、お陰で眼が覚めて」
「人が起こしに来てやったのに気付きもしない癖して、よく言うぜ」
 あれは、と口を開きそうになって、結局ケチャップまみれのピクルスと共に飲み込む。突きつけられた銃口と据わった目を思い出すだけで鳥肌が蘇りそうだった。

 レナードがああいった顔をすること自体は珍しくもない。ゴトの中でも敵対していたプエルト・リコ人ギャングとしょっちゅう殴り合いをしていたし、先ほどのダンに対する態度だって、いつ苛立ちを爆発させる気かと隣にいる彼の方が戦々恐々とする羽目になっていた。溜まれば溜まるほど怒りは圧縮され、その勢いは増すものである。

 傍で見る分には首を竦めてやり過ごせるものも、自分に向けられたとなれば話は別だ。嫌がられている自信はあった。自らが彼ならば、転がり込んできたクソガキなどそもそも敷居すら跨がせないだろう。事実そうされることを予想していた。2年の懲役刑の間に知った彼の性格通りに行けば。オリヴィエはただ、生まれ故郷に帰りたくないという理由でアムトラックに200ドル紙幣を捧げた。州立刑務所から電車で2時間ちょっと、キャムデンに住む母親は息子が逮捕されたことすら知らないだろう。面会にも来なかったし、彼もそれを望んでいなかった。
 すげなく追い返されたら諦めがつくに、レナードは不機嫌ながらもオリヴィエをクローゼットに投げ込んだ。確かに彼は、拒絶する正当な権利があったのだ。この仕事だって本当はもっと熟練の人間のためのもの。嫌いならばいつでも叩き出せばいい。もう少し、穏便な手段で。

 いっそこの機に乗じて逃げ出してしまえばよかったのかもしれない。刑務所を出て3週間が経った今、この協定を倦んでいるのはオリヴィエの方だった。拳骨の雨。叩き潰される掌。フィクションは確実にノンフィクションへと近付いている。

 だが恐らく、銃と共に向けられたものは追い払うための敵意ではなかった。それが何かは分からない。オリヴィエに分かるのは、蔓延した恐怖の効果が、この仕事が終わるまでの間自らを雁字搦めにしておくに十分だということくらいだった。


「で、お前何に使うんだよ」
 不意に掛けられた声に口を止める。先ほどからレナードは、一切の食物を口にしようとしない。咥えられたマルボロライトだって殆ど吐き出すばかりだった。
「10万ドルありゃそこそこ出来んだろ。カタギに戻る気か」
「それはどうだろ……ぱーっと息抜きしたいってのはあるかも」
 コーラを啜り、思い至って情けない笑みを浮かべた。
「もちろんカジノ以外で」
「ああ、止めとけ。一人で入ったら間違いなくガキと思われてつまみ出される」
「だろうね、多分……あ、そうだ。整形する。ロスに行って」
 今度はレナードが目だけで疑問を投げ掛ける。最後のバンズを口に押し込むと、オリヴィエは油の残った指で自らの顔へ触れてみせた。まずは頬骨から。そして瞼、次に鼻頭。
「昨日の晩もカラスに起こされてから考えてたんだけどさ。ここを削って、眼元弄って。もう少し鼻を高くしてもいいかな。唇も」
「女じゃあるまいし」
「だって気に入らないんだよ。親父に似てるから」

 その先を続けようとして躊躇する。何せ2年もの間、暇さえあれば交わされた会話だ。話す分には幾らでも。だが聞かされる方にとって堪ったものじゃないとは、ちゃんとオリヴィエも弁えている。こんなところで彼の機嫌を損ねるのは馬鹿らしい。今晩は息のあったコンビぶりを――ホームズとワトソン、ブッチとサンダンス、ミックとキース――を見せ付ける必要があるのだ。金のために。そう、これは金のためだと、オリヴィエは今朝から何度も自らに言い聞かせ続けていた。
「例のホテルやってるっていう」
 だが逡巡するまでもなく、レナードは自ら話題に首を突っ込んできた。
「血、繋がってないんだろ」
「繋がってる。認知されてないだけで」
 暗示のように力強くオリヴィエは反論した。
「今じゃなくてもいいけど、そのうち会いたい。慰謝料ふんだくるんだ」
 自らの声音はあくまでふざけたものであったはずだ。だが正面の顔は恐ろしく真面目腐り、強固だった。
 当惑したオリヴィエが瞬きし、紙屑を丸め、投げ捨て、空いた手を傷だらけのテーブルへ遠慮がちに伏せ、そして再び何度か目をしばたたかせる間、レナードは腕を組んだきり一度も口を開かなかった。煙草は既に灰皿の上で白く燃え尽きている。真っ直ぐに突き刺さる視線はあくまでも一方通行で、許されるとしたらたじろぎと困惑位。大嫌いだった学校の教師だってもう少し何かの感情を滲ませていたものだ。組み合わせた手を落ち着きなく握り締め、オリヴィエは何かを言い出すタイミングを計り続けていた。もちろん、自らが口を開かずに済めば一番いい。


「やめとけ。金の無駄だ」
 祈りが通じたのか、やがてレナードは一言そう言って組んでいた腕を解いた。
「変わらねえよ。イエローなのに」
 わざとらしい侮蔑の言葉もこの場においては一息つく証。事実彼はモールに来て以来初めてポテトへ手を伸ばそうとした。
「そういや烏のことだけどな」
「うん」
 ケチャップと肉の味で痺れた舌を潤そうとストローに口付け、オリヴィエは小首を傾げた。レナードの顔に張り付いた笑みはいつも通りのもの。今にも韓国へ飛んで帰り、現地の女をレイプしかねない。
「帰ったら撃ち殺してやるよ」
 礼を言うべきか、そもそも何故言わなければならないか分からなかったが、とりあえずオリヴィエはこっくりと頷いた。