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察人姫-第壱話-

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 喫茶・渉-wataru-
 渡貫駅から徒歩五分、ユーイチとソラの住むマンションから徒歩二分の場所にひっそりと建っている小さな喫茶店。
 申し訳程度に置かれた小さくて地味な看板の下の古びたドアを開けると中はブラウンを基調とした暗めで落ちついた店内となっており、席は全部で十六、従業員はマスターと三日に一度くらいの頻度でいるバイトの女の子だけ。
 昼は喫茶、夜はバーという店が渡貫駅に乱立している中、ここは朝も昼も夜も喫茶店である。気のきいた酒など一切ない。それはマスターが大のアルコール嫌いという理由からだと言われている。
「いらっしゃい……って、お前らか」
「こんばんは」
「久しぶり、シュウちゃん」
 そんな店内のカウンターでソラとユーイチを迎えるのはこの喫茶店のマスターである湊川周助。とある大手企業の社長の三男で放任されて育った彼は大学の卒業祝いに父からこの店を貰い、ほとんど暇潰しに営業しているという。
 整った顔立ちに、テノールの美しい声を持つ彼は今年で二十七と若く、女性から人気が高そうだが、デザートが壊滅的に不味いことと、やや性格に難があるためか、常連客と呼べる女性は二人しかいない。
「とりあえず私はいつもの」
「はいはい」
「僕はオムライスと……アイスコーヒーで」
「オッケ、ちょっと待ってな」
 その常連客の一人であるソラは一番奥のカウンター席に座ってメニューを見ずに注文する。対してユーイチはメニューを見ながら値段と気分を吟味して注文。
 そうして数分後に二人の前に出されたのはオムライスとアイスコーヒーが一つずつ。
「お前さ、その“いつもの”止めろって。メニュー決め辛いんだよ」
「別にいーじゃん。今日もナイスセンスだよ、ユーイチ。あ、シュウちゃん、ケチャップでスカイツリー描いて」
「そんなサービスはないし、描けるか、そんなもん」
「ケチ、だからシュウちゃんはシュウちゃんなんだよ」
「意味わからん……おいユーイチ、こいつ何とかしろって。飼い主はお前だろ?」
「飼い主って……」
 常連客ソラの“いつもの”
 その意味はユーイチと同じ。



作品名:察人姫-第壱話- 作家名:朝朽 司