『喧嘩百景』第4話日栄一賀VS銀狐
一賀はちっと舌打ちした。辛うじて浩己の体当たりを避けたものの、バランスを崩してぺたんと座り込む。彼は地面に両手をついてぜいぜいと息を吐いた。
彼にしてみれば二人の抵抗は予想外のものだった。
大抵の奴なら腕の一本も折ってやれば戦意喪失して手向かいしなくなるばかりか、二度と彼に手を出そうとはしなくなる。手加減して、五体満足で帰してやっても、バカな連中は何度でもやってくるのだ。だから、いつも自分たちのバカさ加減を充分思い知る程度に痛めつけてやった。
白磁でできたような外国人の双子の身体は、ナリこそ変わってはいたが、他の者と同じだった。肩も外れるし、骨も折れる。しかし、二人は他の者と違って腕をへし折ってもまだ抵抗をやめなかった。
一賀は裕紀と浩己を見比べて、取りあえず手近にいる裕紀の方に狙いを定めた。よろよろと立ち上がると、胃の辺りを下から蹴り上げる。
つんのめる裕紀の身体にもう一発強烈な蹴りを見舞う。
一賀は容赦しなかった。気管支の攣縮による呼吸困難で、息も絶え絶えの彼には最初から手加減などしている余裕などなかったのだ。
一賀は、仰向けに倒れる裕紀の頸(くび)の後ろに最後の一撃を加えた。
しかし、その蹴りは、もう裕紀の意識を完全に奪うだけの力を失っていた。裕紀は意識を失うことなく込み上げる吐き気に呻いた。
一賀は、ふらふらと浩己の方に向き直った。
――あいつ、まだやる気か。浩己はぎりっと歯を噛み締めた。口の中に血の味が広がる。
一賀が彼の方へ近付いてくるのを見て浩己は立ち上がった。
激しい眩暈(めまい)と吐き気に襲われる。
このまま倒れてしまいたい気分だった。
一賀はふらつきながら浩己の前まで来て、縋り付くように彼の学生服の胸元を掴んだ。
ごほごほと咳き込んで浩己の胸に頭をつける。
一賀はそのまま崩れるように膝をついた。
引っ張られて浩己も膝を折った。
――さすがに限界か?
一賀の手が襟元から離れる。呼吸の様子から言って彼には肺か気管支――呼吸器系に障害があるに違いなかった。彼には限界(リミット)があったのだ。――病人にしちゃあ、やりすぎだぜ。浩己は一賀の背に手を回した。
――浩己、そいつから離れろ。
裕紀の声が頭に響く。
作品名:『喧嘩百景』第4話日栄一賀VS銀狐 作家名:井沢さと