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天井桟敷で逢いましょう 第二話 月追演芸場の一日

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 劇場を取り囲むようにして存在する空間は、二階席の上の部分と舞台の上の部分が一番大きく作られている。どちらもすでに板で仕切ってあって、劇場とは隔離されているのが、せめてもの良心(?)、あるいはプライバシーなのだろうか? すでに桟敷席としては機能していない部分、つまり二階席の上は、どうやらオリガと葛川さんが使っているらしい。
 ベニヤ? 板で区切られた二部屋のカーテンがかけられただけで無防備なのはオリガのほうだろう。どうやって作ったのかはよくわからないが、ふすまで区切られているのは葛川さんのほうらしかった。
 そして劇場の両側にある通用路―――ここは鉄パイプの柵で区切られているだけで、客席や劇場を眺めることが出来る―――を通って、舞台上の側へ行く。
 そこは共用スペースのようになっているテレビとコタツと畳の敷かれた部屋で、ここが劇場の舞台の上だと考えるとまさに異次元空間だ。
 奥に本棚と机があり、どうやらそこが高坂先生の「書斎」らしい。そして、その脇にはシーツのようなもので区切られただけの空間があり。そこが高坂先生の寝床らしい。オリガや葛川さんの「部屋」よりもずいぶんとぞんざいな作りだが、それには理由があるという事を、掃除のときにオリガと葛川さんから聞いている。
 公演などが決まると、この舞台上の天井部屋は、テレビやこたつがどかされ、畳も剥がされ舞台用の天井となるらしい。
 その間、高坂先生は二階の倉庫のひとつに根城を移す。元々、津奈美の使っていた部屋は高坂先生が使っていたらしいが、そのときに使うのはそれとは別の側の倉庫だ。
 そんな面倒くさいことをするのなら、最初からその部屋を根城としたほうが、どう考えてもそちらのほうが落ち着くと思うのだが、どうもあの先生は違うらしい。
 どうもあの天井裏の暗く狭苦しい空間が、執筆活動にちょうどいいらしく、最初はそこに筆記用具を持ち込むだけだったのが、公演の間が空くようになるにつれ机や本棚を持ち込むようになり、さらに使わなくなった桟敷席の畳を敷き始め、こたつやテレビを持ち込み始め……と、とうとうあの空間を占拠するようになってしまったらしい。
 どうやらあの空間の主は高坂先生である事は間違いないようだった。
 さて、そんな天井桟敷と呼ばれている空間からは、さすがに元々は舞台天井だっただけあって、二階倉庫へも上手側にある梯子で下りられるが下手側にある梯子から舞台下手裏に降りることができるようになっている。
 それでもうひとつ面白いのは、上手側に小さな階段と扉がついていることだ。
 ここから、『の右に出っ張った側の屋上へ出られるのである。
 舞台のある側は二階席や天井桟敷などの関係から三階立ての上に寄棟構造になっているのでだいぶ高く作ってあるが、居住区画と倉庫のある右側はただの二階建てだ。そしてそちら側は無味乾燥とも言える鉄筋コンクリートの建物なので、屋上が平らになっている。
 そのため普段は物干しに使われたり、なんとなくくつろいだりする場所になっているというわけだ。非常階段から中庭に下りられるようになっている事から元々は桟敷席の非常用通路としても使われていたらしい。
 で、俺が空を見上げているのは、そんな場所なわけだ。
「ふう……」
 もし、煙草が吸えたなら、一服したいような爽快感がある。
「何かごそごそしていると思えば、お前か」
「高坂セ……高坂さん」
 一瞬、俺の呼び方に眉を反応させたのであわてて言い換える。
「まあ、呼び名ぐらいそこまで目くじら立てるつもりもないんだがな」
「もう起きたんですか?」
「起きたというより、起こされた。あそこはけっこう音が響く」
「あ……」
 俺のせいか。そして、高坂先生が寝ている間、不思議なぐらい、オリガや葛川さんのような天井桟敷を根城にしている人たちを初めとして、樟里さんもつかさも近寄ろうとしなかった訳も理解した。
「すいません、ちょっと演芸館を探検してみたくなって」
「ま、いいさ……気持ちはわからんでもない」
 そう言いながら高坂先生は、懐からハイライトを取り出して口にくわえた。
「ん? 吸うか?」
 と箱を差し出してくれるが、
「いえ、俺は吸わない側なので」
「まあ、その方がいいさ。こんなもの吸わないに越したことはない」
 と高坂先生は手馴れた仕草でシガレットに火をつけて、一息吸って青空に吐き出した。
 その姿はなんとも旨そうで、吸わない俺でも思わず前言を翻したくなる。
「で、探検の成果はあったかね」
「え? ああ……」
 と言われて、改めて気がつく自分の迂闊さ。
 そうだ、俺は昨夜、高坂先生に示唆されたように、この演芸館に隠されていると思われるジジイの遺書を探している筈だったのだ。
 今までまったくそんな事を忘れて、この変な劇場を見学する事に夢中になっていたのだからおめでたい話だ。
「今の今まで忘れてました……」
 頭を掻く俺の姿がそんなに面白かったのだろうか、高坂先生はそんな俺を見て、ぷっ、と吹き出し笑った。
「ははは、急いで探して見つかるというものでもあるまいしな」
 また煙を吐いて、笑う高坂先生。煙を吐くとき、それが人の方へいかないようにする動作が身についているようだった。
「心当たりでもあるんですか?」
 なんとなく言い方が気になって尋ねてみる。
「あると言えばあるかな」
「え?」
「とは言っても、どこにあるかとか思い当たるというわけではないがな」
「どういうことでしょう?」
「たいした事じゃない、うちの劇団員どもに心当たりがある者がいるかもしれんよ。という程度の事だ」
「そうですか……」
 少しの失望。
 それを見て、高坂先生は畳み掛ける。
「遺書の実在すら、私の推測に過ぎないしな。無理に聞き出そうとしたり、探すのに熱心な余り度が過ぎた事をすれば、即出て行ってもらう」
「それはわかっているつもりです」
「ま、そう急ぐな。そのうちうちの者どもが、心許すようになれば、そのうち道は拓けるさ」
 当面は遺書探しよりここの住民と仲良くしろ、という事か。まあ、もっともなことではある。
「わかりました、せいぜい男の身でここに居させてもらっている信頼は裏切らないようにさせてもらいますよ」
「まあ、オーナーの権限を最大限に振りかざして、無理を通すという手もあるのかもしれんがな」
 と高坂先生は、白い歯を見せてニヤリと笑う。しかし目は笑っていない。
「そんなことはしませんよ。どうにも、敵に回すと怖そうな人が多すぎる」
 朱里はもちろんのこと、オリガ、葛川さんだってその身のこなしから侮る事はできないだろう。それに、どうにも高坂先生は俺よりよほど頭が回るようだし、何より樟里さんがほとんど初対面に近いはずなのに妙に俺が頭の上がらない雰囲気があるのだ。
 とてもじゃないが敵わないと考えておいたほうが見ておいたほうがいい。
 俺は早々に降参の態度を明らかにしておく。
「それがいい。暢気なように見えて、みんな必死で生きてるからな」
「え?」
「少し口が滑ったな。一服終えたし、私はもう一寝入りさせてもらう」