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天井桟敷で逢いましょう 第二話 月追演芸場の一日

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「そうなんだけどねー、あはは……」
 と、つかさは決まり悪そうに笑う。
「けど、ほら。劇団ってお稽古だのしなきゃならないし、みんな食べていかなくちゃならないしね。それに公演しても黒字になるって事は滅多にないしね」
「まあ、そうだろうな。こんな小さな町で劇団なり小劇場なりが成り立つわけがないとは思っていた」
「みんなバイトしたりして生活費賄ってるけどね……。他に日銭稼ぎとして、こうやって細々と映画を上映したりして、稼動させているわけ。ほら、ちゃんと営業しとかないと税金の方もドカンときちゃうって聞いた事あるしね。」
「それで映画館も兼ねているってわけか」
「そそ、これはずっと昔から、先代さんの頃からずっとそうらしいけどね。けっこう長くやってるから、それなりに配給会社の伝手もあるらしいしね」
 ああ、昔の映画が娯楽の中心だった頃だったら、十分に成り立っただろうなとは思う。しかし、シネコン全盛の今ではそれこそ映画の中にしか存在できないような営業形態ではないか。
「それで、客はきてるのか?」
「んー、こんなもん」
 と指差した先には、散歩途中らしい老人が行儀の良い犬を連れて座っていた。
……なんとなく、理解したような気がする。
「ま、みんな住み込みだし、他にバイトしてるし、人件費だけはかかってないからねー。私も修行代わりにさせてもらってるし」
 ん?
「おい、ちょっと待て。お前、映写技師の資格なかったりするのか?」
 その言葉を聞いて、彼女はきょとんと俺を見て、そのあと笑った。
「あはははは」
「……?」
「あー、やっぱり知られてないんだねー。映画の35ミリの映写には資格なんていらないんだよ? というよりそんな資格は今はないしね」
 ……知らなかった。
「昔はちゃんと“映写技師資格”ってあったから、今も残ってると思っちゃうのは当然だけどね。お父さんが持ってたし」
「なるほど一子相伝か」
「将来的には私も撮る方になりたいからね。いろいろ機材いじらせて貰えるし、わりとヒマな時間も多いので勉強できるし、みんないい人だしね。けっこう気に入ってるよ、この仕事」
 と彼女は笑いながら言う。
 給料は出るのか? と聞きたくなったが、劇場の様子を見る限りでは聞くだけ野暮のような気がした。
 それでも近所の年金で暮らしているようなご老人が常連になっているらしく、午前10時に開場する演芸館には、ぽつりぽつりと客は来ているようだった。一人ひとりに樟里さんが挨拶しながら、もぎりをしている。客同士も挨拶しあってたり、ロビーで雑談したりしていて、のんびりとしたものだ。

 雲ひとつない快晴というのは爽快でもあるが、一方で馬鹿にされたような気分にもなるものだ。空を見て青空しかないのは、最初はいいかもしれないが、そのうち見上げる取っ掛かりを失って飽きてくる。どこを見てよいのかわからなくなってくるうちに、「やる気あるのか?」と八つ当たりしたくなってくるのは俺だけなのだろうか?
 樟里さんが受付。つかさが映写室に篭りきり。
 高坂先生は就寝中。
 オリガと葛川さんは裏庭の洗濯機でせっせと洗濯に勤しんでいた。
 俺はどれも手伝えそうにないので、ぶらぶらと演芸館の中を見て回っていた。
 今まで、ゆっくりとこの建物を探索した事がなかったしな。
 演芸館は建物の全体像として『型になっていて、入り口から縦に長く伸びた中に劇場が入っているという形になっている。そして奥で折曲がった区画に、広い楽屋と厨房、簡単なシャワー室と大崎姉妹の部屋である管理人室があり、実質的な居住空間になっている。一見、奇妙な作りかもしれないが、この演芸館に棲む人たちの生活ぶりを見ていると、しっくりくる。
 そして『に囲まれるようにして中庭が存在するわけだ。
 どうも、この劇場は初めから人が居住できるように設計されていたようだ。珍しい形式だとは思うが、こんな小さな町の古めかしい劇場には相応しいのかもしれない。
 外見から見るとこの建物は三階建てとなっているが、それは劇場の構造のせいで、実質的には2階建てだ。二階には二階席が設置されており、居住空間の二階には大道具倉庫など、倉庫になっているが、ここの倉庫のひとつに棲み付いているのが津奈美だ。
 正面から見てみよう。
 劇場正面には古めかしいボックス式の受付が設置してあり、チケットと?ぎりを兼ねている。そこからロビーに入るとちゃんと男女別になったトイレと二階へ行く階段がある。
 ロビーには一応、長椅子が二つほど設置されていてロビーとしての機能を果たせるようになっているが、果たしてそれが必要になるほど客が入る事はあるのだろうか? ロビーにはかつて売店として使われていたらしいカウンターがあるが今は使われていない。一応、自動販売機がひとつだけ設置されているのが、ロビーらしい痕跡と言えるだろう。
 劇場は三方向を冂型に廊下で囲まれており、扉は三方向に三つある。ただ、実質正面扉だけ使えれば十分なのが悲しいところだ。
 右側の廊下を進めば、右側の劇場入り口があり、その先に「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた扉とがある。その先に劇場に隣接した楽屋があって、そこから二階への階段と、右に曲がる廊下がある。右に曲がって突き当たると管理人室がある。おそらくこの建物の中で唯一、居住空間として作られた部屋だと思うが、俺はまだ入ったことはない。またその突き当たり右から中庭へ出る出口がある。
 そこから左折するとシャワー室と厨房があって、そのまま突き当たりが勝手口になっている。楽屋を居間として考えると中々に快適な“家”なのではないだろうか? 楽屋に戻って二階に上がると、天井裏に続く梯子と一直線に続く廊下が存在する。その両側には緒大道具部屋がひとつ。倉庫が二つある。そして殺風景な光景に、違和感を感じさせるように「つなみの部屋」と書かれた倉庫があり、ここに彼女が棲み付いているのがわかる。もちろん俺はそこを開けたりはしない。
 もう一度ロビーに戻って左側の廊下は、実質、客にとっては非常口としての意味しかないだろう。廊下の突き当たりに非常口だけしかない。ただ俺にとっては、その突き当たりに自分の居場所である舞台下の倉庫の入り口があるので、常に使い続ける経路となるわけだが。
 また、こちら側にも舞台下手に通じる「関係者以外立ち入り禁止」の扉があって、舞台が使用されるときは、俺のいる倉庫ともども忙しく使われるのだろう。
 ロビーの階段を上ると二階席がある。ただ、この二階席もまた使用される事があるのだろうか? と考えると大いに疑問だ。
 そして、その二階席の奥にもうひとつ階段があるのが、この建物の特徴だろう。
 三階というよりも屋根裏部屋といった構造がより近い。
 その中三階に外側が見ると屋根から釣り下がるようにしてあるのが映写室だ、音響や照明の制御なども兼ねているのだが、今朝、フィルムの搬入を手伝って俺としては、映写室という印象が強い。ここは実質、つかさの根城と言ってもいいだろう。
 そこから少し上がると、例の天井桟敷に行き着くというわけだ。
 相変わらず、不思議な光景だ。