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天井桟敷で逢いましょう 第一話 家の話

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「みんな……いろいろと事情があるんですよ。
 なんとなく、それは理解できるような気がした。どうみても、普通の人生を歩んでいるとは思われないやつらばかりだ。
「住み込みの人以外にも、ホールのスタッフや芸人さん、劇団員はおりますしね。おいおいそういった人たちも紹介しますね」
「お願いする」
 最初の印象では寂れた、開店休業状態を予想していたのだが、それは今日がたまたま休日だったためもあるようだ。決して繁盛しているというわけではないが、娯楽の少ないこの市周辺では、それなりに営業はしているらしい。

 夕食時。
 劇団“月乃座”の大崎樟里座長は、とりあえずホールのオーナー兼居候として俺を改めて紹介する。
 その反応は斯くの如し。
津奈美「えー、コイツまだ居座るの?」
朱里「まあ、雑用とかキリキリ働いてもらうからね」
葛川「そうか、よろしく」
高坂「ま、せいぜい私にネタを提供してくれる事を願うさ」
オリガ「ねむー」
 基本的に夕食はここに住み着いている連中が一緒に摂る事になっているらしい。作るのは、それなりに腕前が保証されている者たちの中で手が空いている者が作っているらしい。
「いただきます」
 共同の居間としての役割を果たしている楽屋に設えられた食卓では、座長の言葉に続いて19世紀の帝国主義華やかなりし頃のバランス・オブパワーな世界が繰り広げられる。
 すでに絶対的な列強とも言うべき樟里座長や高坂先生の領土には誰も手を出すことをしない。津奈美、朱里、オリガといった勢力が、食事には大してこだわりのないらしい葛川さんやこのような食卓は未体験である俺の領土を容赦なく侵略していく……。
「あ、あの、ごはんだけはたくさん炊いてありますから」
 ……その日、3日ぶりのまともな食事の大半を、俺は炭水化物の摂取に費やすことになってしまったのは言うまでもない。

 食事の後、俺は部屋割りを申し渡される。
 樟里と朱里は管理人室に居住しており、高坂先生、オリガ、葛川さんはあの天井部屋を根城としている。津奈美は基本的に通いで、泊まる時は大崎姉妹と一所らしい。
 というわけで、俺の部屋として割り当てられたのは、地下にある大道具倉庫であった。
 さすがに地下の倉庫だけに、中々に広い空間が提供されてはいるが、窓もなく、いかにも冬場は寒そうなのが、女性陣には受けない理由になっているのだろう。
「ところでな、篤」
 はやくも人の事を名前で呼びつけにし始めているのは、高坂先生である。まあ、確かに苗字だとここでは大崎姉妹の事になってしまうので、ある意味当然か。
 座長に言われて、俺を倉庫に案内してくれている間での会話である。
「樟里から、諸々の事情は聞いている」
「我ながら惨めと言うほかないんですがね」
 何故だか軽めではあるが、敬語を使っている自分がいる。
「いや、その事なのだが……。確証はせんが、ここに滞在する事はお前にとっても悪い事ではないかも知れん」
「そりゃ、美女だらけの女所帯に男が一人という状況ですからね」
 もちろん大いなる皮肉である。
 むしろ、女性への様々な美しい幻想を打ち砕かれるほうが早いだろうという気が、早くもしている。
「そうではない、その遺産相続の件について、だ」
 薄暗い廊下で何故か眼鏡が光る。
「父方とは縁遠い樟里ではあるがな。あれでも年に一度ぐらいは、おまえの言うジジイ、つまり大崎林一郎氏と逢っていた」
「へえ、あのジジイにも人の親らしい感情があったのか……」
 少し意外に思う。
 その親らしい感情とやらは俺の両親、特に俺の父であった実の息子に対しては全く発揮されていなかったのは確かだった。お世辞にも優秀とは言えないあの男は、直系の後継ぎである立場でありながら、明らかに大崎家関連の企業の中では傍流とも言える企業に就職させられ、閑職に追い遣られていた。
 そして、大崎家の当主の後継者として期待されていたのは孫である俺であったのだ。
 明らかにジジイは、俺の父という立場の男に対して、遺伝子のトンネルとして以上の存在価値を認めていないのは確かだった。
「まあ、出来の悪い息子と、それなりに自立している美人な娘では扱いが違うのも当然か……」
 と一人ごちる俺を、哀れみや同情やら非難やら無関心やら、くるくると変わるなんとも言えない目で高坂先生は見上げている。
「お前の感情など知った事ではないが、2年前の事だったかな。珍しく林一郎氏がここに姿を現してきた事があった」
「珍しくという事は、ジジイは滅多にここには来なかった?」
「私が知る限り、その一度だけだ。そうそのただ一度の時だが、なにやら樟里に貸し切り分の金を渡して、住み込み連中を始めとして全スタッフを追い出して、中で何かやっていた事がある」
「ジジイ一人で?」
「ああ、ボディガードも秘書も誰も連れずに、な。あまりにも尋常でない様子に、今でも強く印象に残っている」
「それと俺に何の関係が?」
 ジジイが変な事をしていたのはわかっていたが、今ひとつピンとこなかった。
「ええい、ニブイ奴だな。わからんか? 2年前と言えば、さっき見せてもらった権利書の登記が林一郎氏からお前に書き換わった時期だろうが。おそらく正確な日付を照らし合わせれば、ほぼ一致するはずだぞ」
「あっ……」
 なにかいろいろなものが繋がるような、そんな直感が俺を駆り立てる。
「そうだ、確か林一郎氏の遺書は見付かっておらんそうだな」
「ええ、そうです」
「そして、林一郎氏は何故か最後の遺産として、ここの権利書のある鍵をお前に託していた、そうだな?」
「そうか!」
 それは、どうしても繋がらなかったジグソーパズルに要のピースが見付かったような、そんな感覚。
「あの抜け目のないジジイが、まったく意味のない事をするわけがない。という事は……」
「まあ、推測に過ぎないが、林一郎氏の遺書がこのホールのどこかに隠されているという公算は大だな」
 今日はなんと起伏の多い1日なんだろう!
 最後の望みを託して訪れた銀行では、たいした価値のない権利書のみに失望させられ、ほとんど呆然とこのホールを訪れ、路頭に迷うところを、とりあえず棲家だけは確保できたと安心した、その時まさに最後の希望はまたも俺の前に姿を現したのだ。
「そ、そうだ、ならここに滞在してジジイの遺書を探し出せば、また俺は……」
「復讐でも復権でもなんでもするがよい」
 再び頭をもたげ始めた希望と野心に身を焦がそうとする俺に対して、恩人とも言える高坂先生は、大した関心もなさげに言った。
「ありがとうございます!」
 とりあえずお礼を言って頭を下げる。
 いくらでも感謝しても、し足りない気分だ。
 我ながら可笑しいが、すでに俺は大崎家を取り戻した気にすらなっていた。
「いや、礼はせずともよい。その代わり、一つ約束をしてもらいたいのだ」
「はい、なんでも」
 自分でも現金なぐらい素直に答える。
「遺書を見つけて遺産なり権力なりを取り返した暁には、だ」
「はい」