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天井桟敷で逢いましょう 第一話 家の話

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 これでもジジイに“帝王学”とやらの一貫として、それなりに武道は修めている。
 ひとまず、これをやり過ごして、弁解するなり、逃げるなりすべし。
 というわけで、俺は手に持ったキャミソールを相手の顔めがけて投げ付ける。
「ぅわっ」
 反撃を受けるとは思っていなかったのだろう。
 少し慌てたように、投げられた下着を棍で跳ね除ける。
 そこに隙を見出して、俺は地面を蹴上げて相手に土・小石・葉などを目晦ましに喰らわせる。ついでにこっちから懐に飛び込んで、手首でも極めての凶器を奪ってやろうとの目論見であった。
 相手の技量にもよるが、少なくともタックルでもかませて姿勢を崩すぐらいはできただろう。
 仮定形。
 そう、飛び込もうとした途端であった。
 視界ゼロ。
 突然、目の前が真っ暗になり、身動きが極端に制限される。
 何かが上空から覆い被さってきたようだった。
 それが毛布か何かだという事に気づいたのと、
 鳩尾に綺麗に突きが入って俺の意識が途絶えたのは、ほぼ同時であった。
 いや、少しずれて肋に入っていたかもしれん。
 ともあれ、全てはブラックアウト。

 夢を見ていた。
 いや、夢でさえない、それは感覚。
 何か見ていたというより、こんなことがいつかどこかであったっけ……。
ぼやけた頭がそんな既視感を訴えているような、そんな懐かしさだけを伝えてきていた。
「……?」
 頭がなんとなく軽い。まるでなにかに支えられているようだ。
 次第に覚醒してくる意識が、自分の頭が何かに置かれている事に気がつく。
 暖かい。
そして柔らかい。
 俺は確かこんな感触を知っている。
「……だいたい、こんな昼間からやってくる下着泥棒なんているわけないでしょう」
 穏やかな声が諭すように。
「そりゃ、そうだけどさぁ、昼間っから人ん家の敷地に入ってくるのもどうかと思うぞ?」
 少しボーイッシュな声が不満げに。
「確かに」
 よく透る綺麗な声が短く。
「そうだそうだ。どう見ても下着物色してるようにしか見えなかったもん」
 幼げな声が口を尖らせているのが見えるように。
 最初、どの声もずいぶんと遠くに聞こえた。
 意識がはっきりしてくるつれに、近くなって来る声たちは、どうやら俺の事を話ているようであった。
「けどね、どっちにしろ朱里(じゅり)のは下手すると殺人になりかねないんだから、無闇に振り回すものじゃないと思うの」
 穏やかな声が、物騒な事をとりたてて何でもない事のように言う。
「だから、十分に手加減してたってば」
 朱里と呼ばれたボーイッシュな声が弁解する。
 どうやら、ボーイッシュな声の主は穏やかな声の主に頭が上がらない模様である。
 意識がだんだんはっきりしてくるが、とりあえずもう少し状況を把握したいので、俺は気絶したふりを続けながらヒアリングを続ける。
「だからね。手加減とかどうとかじゃなくて、すぐに手が出る癖をどうにかしてもらいたいんだけど……」
「けどけど、か弱い女所帯なんだから、ちょっとやり過ぎるぐらいのほうが、いいって」
「私もそう思う」
 幼げな声と言葉身近な声口調が弁護する。あの殺人一歩手前の突きが“ちょっとぐらい”だとは思えないのだが……。
「あ、けど……やっぱ、ちょっとやり過ぎたとは思ってるから……」
 当の被弁護者は、少ししゅんとしたように言った。
「うん、大事にはなってないようだし、わかってくれればいいの。ね? 篤さん」
「なにっ!?」
 と穏やかな声の矛先が突然自分に向いて、あまつさえ気がついている事を知られ、さらに自分の名前さえ当てられれば、驚いて飛び起きたのも無理はないと思う。この時になって自分が見知らぬ女性に膝枕をしてもらっている事に気づいたのは自分でもどうかと思う。
(人の頭って意外と重いんですよ?)
 条件反射的に遥香のそんな言葉が思い出されて、あわてて俺は飛び起きる。
 膝枕してもらっていた状態から起きれば、必然的に目の前にその女性が在る事になる。と当たり前の事を考えてどうする俺。
「ご気分はいかがですか?」
 穏やかな声の主は、その声のイメージに全く違わぬ、おっとりとした笑みを湛える女性だった。笑うと目がなくなるところが、相手から警戒心を解く効果を果たしている。
 ストレートに伸びた綺麗な黒髪のせいか、古きよき時代の日本女性といった印象を持ったのは順当な感想だと思う。
「なんだ、生きてたの」
 ボーイッシュな声の主は、さっき見た。ポニーテールが戦闘様式に見えるのは第一印象として仕方ないだろう。大きな目はデフォルトで怒ったような目付きを作り出しているところが、隣の穏やかな声の主は見事に対称的だ。顔立ちもそうだが、全体的に細身で、本来性差として出るべき所も未発達な生硬さを感じさせる。
「おはよう」
 綺麗な声の持ち主には、ちょっと魅入った。
 下手すると俺より上背があるかもしれない長身で、ショートカットのちょっと威厳すら感じる美形だ。スラリとしているがきちんと女性らしさも醸し出している体形も、感嘆に値する。おそらくどんな所にいて、どんな格好をして、どんな事をしていても“美人”という基準だけは揺るがない、そんなわかりやすい美女と言えるだろう。
「しぶといやつー。血でも吐かないの? 内臓破れてたりしてさー」
 幼げな声の持ち主は、それとは対称的なだんご二つの髪型が愛らしい、小柄な声を裏切らない印象の娘だった。
 ともあれ、視界と聴覚に入った四人をいちいち描写していたのは、俺の審美眼的にそれに値すると判断するだけの、それぞれがタイプの違う見目の良さの持ち主だったからだ。
 少なくとも目を開けたかいはあったのは確かである。
「……と。いきなり倒されたのは、こっちの落ち度もあるし仕方がない。聞き耳を立てていたのは趣味が悪かったのは認めよう」
 俺はあっさりと自分の非を認めた。というより、どうでもいい事であった。そういった瑣末な所は譲歩するのが、ディベートの初歩というものだ。
「それはいいとして、どうして俺の名前を知っている?」
 俺は目の前の微笑みに向かって問うた。
「んー、知っているのは当然だと思いますよ? だって、わたくし、篤さんの叔母ですもの」
 今明かされる衝撃の真実。

 ってほどでもないわけだが。
 なにしろ、例の騒動でいきなり親戚縁戚姻戚が増えまくった光景を目にしてしまっていたわけで、そこに叔母の一人が増えたところで動じるわけにもいかない。
 しかし叔母とはまた……、あのジジイめいったい外でどんだけ種撒き散らしているかわかったもんじゃねーな。
 さて……。
 前述したとおり、俺はさんざん“親戚禍(鍋ではないぞ)”とも言うべき事態に遭わされている。そんな状況で、俺が素直に喜びの表情を浮かべられなかったのは当然だろう。
「叔母だって?」
「はい、大崎樟里(さおり)と申します。それで、こちらが妹の大崎朱里。どちらも篤さんの叔母という事で間違いありません」