ここにも戦場があった
ジイは150㎝台で、引け目を感じて過ごしてきたらしく、その鬱憤を少し晴らした感じに見えた。先程大声で呼びかけた時には出てこないで、こんな時には出てくる。
「じじい、死ね!」
私は半分涙目で、睨みながら心で叫んだ。
ジイは、危険を察したようにスッと顔を引っ込め扉がしまった。
ジイの部屋のベランダから取り込んだ洗濯物が納戸の入り口にぶら下がっている。ジイの部屋に下げておけばいいものを、不安定な所にぶら下げておくものだから、通るたびにそれが落ちないように抑えながら通らなくてはならない。また余分なエネルギーを使ってしまう。ホントに痩せる思いだ。
二階へ下りる階段はU字に曲がらなくてはならない。ベランダまで来た目的が達成していないので手ぶらだ。とおもったら花瓶のかけらを入れた袋があった。
階段を見ようとしても見えるのは、繊維が伸びきったTシャツが覆っている臨月状の自分のものとは思いたくない物体ばかりで、階段は見ることが出来ない。
足さぐりで階段を一段ずつ降りる。自然にすり足になるのだが、その足が何かを感知してそれがビニール袋だなと思った時はもう遅かった。すり足が宙に浮いて、ドスンと尻餅をついてしまった。お尻が丁度階段の半分ぐらいの所だったので、そこは通過して、さらにもう一段ずり落ちた。体重のせいかそれで止まったが、いくら肉の座布団がついているとはいえ、神経もあるので痛い。
後ろでまた扉があく音がして、「大変だね」とジイの声がした。そしてすぐ閉まった。
もう振り返る気力もなく、しばらくそこにじっとしていた。西陽が顔を照らす。汗がどっと出てきた。まだ四月だよなあとつぶやきながら、立ち上がる気力もなく、足とお尻を使いながらずり、ずとん、ずり、ずとんと二階まで下りた。
作品名:ここにも戦場があった 作家名:伊達梁川