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Life and Death【そのに】

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 紅夢野。端的に言えば、伊皆姉妹の隣人である。
 姉妹はこの夢野のことを気に入っていた。親近感のような、それに似た何かを感じたのだろうか。向こうはどう思っているかは彼女らには知る由もない(というか、知る気がない)のだが、その好意の押し付けは端から見ていると鬱陶しさを感じる。
「お姉ちゃん……」
「分かってるよ、シアっ!」
「え、あ、ちょ……ま?」
「「頭数確保ぉっ!」」
 そうして、いつものように紅夢野は彼女らのトラブルに巻き込まれるのであった。

「毎度毎度言ってるんだけどさぁ、いい加減人との付き合い方を考えなさいと……」
「――シアちゃん、とりあえずこいつらどうする?」
「……パンツ脱がして通報すれば……きっと痴漢の類として警察が処理してくれるんじゃないかと……」
「聞けよっ! というかお前ら顔に似合わずえげつないことするなっ!」
 痴漢として捕まるなんて、ヤの付く有限会社の社員(というよりはチンピラ)にとっては、黒歴史級の逮捕歴になるのではないだろうか。猥褻物陳列罪で捕まってしまうなんて、箔どころかヘドロが付くようなものだ。そういう意味でも、彼女らはえげつなかった。
 一瞬素が出そうになったが、寸でのところで夢野は踏み止まる。これならまだツッコミの範疇だ。自分のことを棚にあげて解き放った渾身のツッコミだった。
 自分が翻弄されるなんて、今まで考えもしなかった。いや、まあ、今まで色々と振り回されることもあったが、まさかこんな小娘ら相手に手を焼くとは……。
 さて、おき。確かにこの男たちをどうにかすべきだとは夢野も思うところだった。主に自分の為に。こんな柄の悪い男がこの辺をうろついてるのは、眼に悪い。
 そうやって考えあぐねている内に、ふと、夢野は視線を感じる。
「ロボット……?」
 箒を持ったロボットがこっちを見ていた。いや、見ていたというのは語弊があるか。なんせロボットが何を以ってして、こちらを見ているのかが分からない。多分、カメラだろうか、それらしきものがこちらを向いていた。
「おおぅ、ロボットだ。確か佐々木原さんの持ち物だったよね」
 因みに、シノは佐々木原と顔を合わせたことはない。一度挨拶に言ったことはあるのだが、滑って転んでの大惨事となったのは苦い思い出だった。
「……お掃除ロボットですね。これはもう、メイド服を着せるしかありません」
「世間一般じゃお掃除ロボットにメイド服を着せる奇習なんてないって」
 メイドカチューシャを付けたル○バなんて見た覚えはなかった。
 ――そう思った夢野であったが、後々気になって調べてみたら、ル○バのメイド服仕様のカバーを見つけてしまったことをここに追記しておく。ネットって広いなと思ったとか思わないとか。
 さて、そのロボットと見詰め合うこと数分、ロボットがこちらへと近付いてきた。
「あー、えーっと、こんにちは?」
 とりあえず挨拶してみるシノ。
「……ロボットに挨拶するなんて……お姉ちゃん、頭の中がファンタジーなのですか?」
「まあ、ロボットに挨拶してもねぇ……ただのお掃除ロボだし」
「えっ! なんでいきなりアウェイっ!」
 言われて見ると少し恥ずかしくなるシノ。顔と耳が熱い。
 すると、ロボットはその挨拶に反応したのか、深々と腰を折った。
「え、あ、なんで?」
「……最近のロボットは、挨拶に反応するのですか」
「日本の技術って凄いわ……」
 そして、忘れられたかのように眠っている男二人を引き摺り、ロボットはアパートの裏手に消えていった。
「……ゴミと勘違いしてないよね?」
「……アレって、モノホンのゴミじゃないですか、社会の」
「あ、なるほど。座布団を上げよう」
「……あんたらはもうちょい歯に絹を着せることを覚えなさい」
 その会話に、半ば呆れ気味に紅夢野は苦言を呈するのであった。

 さて、姉妹はまたコタツのある共用スペース、通称談話室へと戻る。そしてまるで成り行きに任せるように、紅夢野もまたコタツの中に潜り込んでしまった。
 コタツとは恐ろしい。ちょっと入るだけで外に出る気力をどんどん殺いで行ってしまうのだから。
 さて、コタツの猛威を実感している時だった。姉妹の姉の方、シノがお茶を入れにキッチンまで出て行った。すると驚くほどに、部屋の中は静かになった。
 静かになると、再び視線を感じる。なんのことはない、目の前の妹の方、シアからの視線だった。
「……幽霊って信じますか?」
「何、怪談? まあ、確かにこのアパートだと雰囲気あるけど」
 部屋の端々が暗くて雰囲気は抜群。実の方もかなり充実している。
 例えば天井裏から物音が聞こえてきたり、ラップ音なんて一時間に一回はなる。
「……例えば、幽霊は物にも憑きますよね。一般にこれを曰くつきの品とか呪われた道具だとか言いますが、その辺は?」
「さあ、どうだろうね」
「……私、見た目どおり霊感の強い人間でして、幽霊の類がどこにいるのだとか分かるタイプなのです」
「見た目どおりって、まあ、確かに陰気には見えるけど……」
 今日は特にそうだ。真っ黒な所為で非常に暗く見える。
 ――ん、そういえばどっちがどっちだっけ? 髪の毛が白い方が姉、いや、服が白い方が妹だっけ? 少し混乱し始めたぞ。
「……そしてですね……あのロボットどうやら何らかの曰くがあるみたいです」
「そんな藪から棒に……」
 いや、でも確かに違和感があった。その違和感の正体を手繰り寄せる。
「……気付きましたか」
「視線……っ!」
 体感温度が一気に五度くらい落ちた。
「……そうです。アレはカメラとか機械の視線じゃなくて、紛れもなくヒトの気配がしました」
「や、やめてよ、そんな気持ちの悪い話」
 今度からアレとどう対面していいか分からなくなる。
「……あんまり気にしすぎるのも問題です。それに……」
 少し言いよどむシア。そして重々しく口を開く。
「なんというかあの視線は、恨みとか妬みとかそういう負の感情というよりは、何か別のもののようにも感じました」
 懐かしむような、羨むような、そのような感情をシアはあのロボットに感じたのだった。
「もしかして、人間になりたかったのかな?」
「……それは、分かりません。あの子の胸中なんて、結局分からないのですから」
 それにしても、これじゃあ姉のことを笑えない。そう自嘲するシアであった。
 あのロボットには何か変なモノが憑いていた。それが悪霊なのかそうでないのかについてまで、シアは知ることはできなかったが、明確な悪意を感じることはなかった。なので特にこれといって警戒はしなかった。
 シノは生きながら死んでいるので、幽霊の類に好かれる。逆に、シアは死という概念が存在しない為、幽霊の類に嫌われる。もしあのロボットの中に幽霊がいたとして、それは自分をどう思ったのだろうか。
 考えても意味がないことだと気付く。
「だって、私達はヒーローではありませんしね……」
 そう、自嘲するように呟いた。
 その呟きは誰にも――生きているモノには聞こえることはなかった。その呟きが夢野に聞こえなかったのを確認すると、シアは息を吐く。
作品名:Life and Death【そのに】 作家名:最中の中