男と女のファンタジー 『変若水』 (おちみず)
アイの甘美な誘いの声。
それが遠くの方から聞こえてくる。
「ジュン、変若水(おちみず)を持ち帰ってきてくれて、ありがとう。さあ御褒美よ、私を好きなように、強く抱いて」
ジュンはもちろんこれを幻聴だと思っている。
しかし、その意識もどんどんと薄らいでいく。
アイの甘い声が止まらない。
「ジュン、お疲れでしょう、私の膝にあなたのすべてを埋めてもいいよ。
さあぐっすりと・・・お休みなさい」
ジュンは夢現(ゆめうつつ)の中で、こんな言葉を聞いた。
「ああそうか、アイがそばに来てくれているのだね」
そしてジュンは、深い深い眠りへと吸い込まれ、落ちていった。
アイは「5つの欲に打ち勝って、変若水を、私のために持ち帰ってきて」と望んだ。
ジュンは見事に、色欲・飲食欲・財欲・名誉欲の4つの欲に打ち勝って、その水を、やっとこの森の泉のほとりまで持ち帰ってきた。
だが、まことに残念なことだ。
ジュンはその5つ目の欲、そう、睡眠欲には勝てなかったのだ。
ジュンは今、泉のほとりで高いびき。
グワーグワー。
それはそれは深い眠りに落ちてしまった。
そして、こともあろうか、その眠りはジュンにとって、とてつもなく気持ちが良かったのだ。
このままずっと眠り続けたい。
多分、無意識の内にそう望んだのだろう。
そのためか、その後ジュンは二度と目を醒ますことはなかった。
ジュンは今、夢の中でアイと共にいる。
その表情には、
好きになってしまった女のために、命を懸けて一つの事を成し遂げた、
そんな達成感と満足感が滲み出ている。
お姫様アイをやっと手に入れた。
ジュンはそう信じ込み、変若水の竹筒を抱えたまま、泉のほとりで眠りながら逝ってしまったのだ。
作品名:男と女のファンタジー 『変若水』 (おちみず) 作家名:鮎風 遊