ゆびきり
中野はかなり気分を害されている。帰宅することにした。体調がおかしいような気もする。携帯電話の電源を切ろうとしたそのとき、まるでどこかから監視しているかのように、
「ごめんなさいね。電車からもうすぐ降ります。帰らないで」
というメールが届いた。中野はやはり希望を棄て切れない。
数分後にまた、大勢の通勤者の群れが押し寄せて来た。
「すみません!遅れてしまって……」
それは、遥かな上空から、爽やかな風が舞い降りて来たかのような印象の声だった。
携帯電話の液晶画面から眼を上げる前に、視野の端に華やかさを感じた。その女性を見るとスポットライトを浴びて輝くように、その姿は眩いばかりだった。
初対面とは思えないその親しみ易さは、最近のテレビで人気になっている、或る女性タレントに似ている。あたかも中野の好みを聞き、最もそれに近い女性を連れて来た、といった趣である。
きれいな女性の声が再び中野の耳に届いた。
「本当に、逢えるんですねぇ」