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【問:□に不等号をいれよ】おばけ□人間

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 桜井は、妙なことになったなあ、と思いつつ靴を脱ぎ、以前に金田、丸谷の三人で遊びに来た記憶を思い出しながら居間に向かった。そこにはコタツがあり、むきかけのみかんと飲みかけのお茶が置いてあった。
 桜井はカバンを部屋の隅に置いて、コタツの中に足を突っこんだ。すると、中の柔らかかい何かを蹴飛ばしてしまった。
「ウビャア!」
 反対側から真っ黒な猫が飛び出してきた。尾が二つある猫だ。その猫は以前、三人で遊びに来た時に、チラリと見たことがあった。黒沢は珍しい猫を飼っているな、と羨ましく思ったものだ。桜井の家では両親が結婚する前から飼っている年老いた犬がいるが、二本のしっぽを持つ猫の方がなんとKOOLだろうか、と桜井は思った。あれ、クールのアルファベットってKOOLだっけ?
 そんなことを考えている間にも、猫は恨めしそうに桜井を見あげていた。
「あ、ごめんよ」
 桜井は黒猫に手を合わせた。黒猫はしばらく桜井を見つめていたが、ブシッ、とくしゃみをすると、またこたつの中に戻った。
 桜井がみかんに手を伸ばしてむき始める頃に、黒沢は戻って来た。
「招待したのは、こいつか」
 開口一番、黒沢が立ったまま、こたつの上のみかんを指さしてそう言った。しかしあの女のおばけは、黒沢の背後の、タンスと壁の隙間から現れて桜井に小さく手を振っている。桜井が女に手を振り返すか迷っていると、黒沢は、そっかあ、とため息をついた。
「見えてるのか……」
「連れてきてくれたのはみかんじゃなくて、あそこの人だけど……」
「分かってるって」
「じゃあ、なんでみかんを指さしたの?」
「見えるフリだと困るから」
「何が困るの?」
 黒沢は答えず、こたつに入ってきた。湯呑を持ち、残っているお茶を一息に飲みこんでから、こたつの中にいる猫を引っぱりだした。前脚の脇を両手で抱えてぶら下げる。
「しっぽ、何本に見える?」
「え、二本だけど……?」
 黒沢の顔から俄かに汗が噴き出た。天井の蛍光灯の光を跳ね返して、黒沢の顔がテラリと光った。
「まじかぁー……そっかぁー……」
「さっきからなんなんだよ」
「なんじゃ、なんじゃ、若の霊視友達じゃったのか? ただの猫のふりせんでも良かったんじゃなあ。なあ、お友達さんよ、蹴飛ばしたのは一回だけは見逃してやるがじゃな、二回目はねえぞ。おぬし、鍋島の化け猫の話知っとるか? 今の佐賀県のあたりなんじゃがの、あれはなあ……モゴモゴ」
「しゃべるな馬鹿猫が!」
 黒沢は乱暴に、しゃべり続ける猫をこたつに押し戻す。
そうしてから、桜井の肩をガシッとつかんだ。
「桜井、落ちついて聞いてほしい」
 ゴクリと黒沢はのどをならし、真顔で言った。
「お前は、おばけが視えるんだ!」
 対して桜井は軽く頷くだけだった。
「……みたいだね」
「なんだその反応は!」
「いや、だってさ、昔から変なもんは見えてたしさ……話しかけられたのは今日が初めてだけど……」
 黒沢は桜井から手を離し、後ろにいる女のおばけに体ごと振り返った。
「話しかけたのか、お前!」
 女のおばけは、微笑しながらしぶしぶ頷いた。
「だって、恨めしそうだったんですもの」
「ここのルールを忘れたのか!」
「あ、そう言えばそんなのもありましたね」
 黒沢が頭を抱える。
「これだから新参者は!!」
 こたつから猫が顔だけ出して、女のおばけを叱りとばした。
「ここは人間風に言えば集合住宅ぞ! そしてここの家主は人間の黒沢一家ぞ! ここに住む間、おばけらしきことはするべからず! そんなことも忘れおったか! このポンコツ隙間女!」
 黒沢が猫の頭をぽかりと叩く。
「馬鹿はてめぇもだ! 勝手にしゃべりやがって! 誤魔化せるもんも誤魔化せなくなったじゃねぇか!!」
「え!? この人間、若の霊視友達じゃなかったんで!?」
「そもそも『霊視友達』ってなんだよ! こいつは友達! 視えるっぽいけどそれ知ったの、今、今だから!」
「あっちゃー、もしかして、わし、ポカった?」
「話の流れから分かれ! 追い出すぞ馬鹿猫!」
 猫は、ヘッ、と鼻で笑った。
「若にそんな権利ないじゃろ」
 黒沢は頭を抱えた。
桜井は良い加減、自分の用事を済ませたくなったので黒沢の肩を叩いた。
「それより藁人形くれよ」
「うるさい! そもそも何に使うんだよ!」
「いやぁ、なんか呪いたくって」
「誰を!?」
 桜井はふと、答えに困った。そうだった。そもそもは、友人三人を呪おうとしていたのだ。しかし藁人形をもらう頼みの相手が呪う相手なのだから、これでは三人を呪ったら、途端に犯人がばれてしまうではないか。
「やっぱりいいや」
「あら、恨めしくなくなってしまったんですか?」
 女のおばけが悲しそうに言っている。
「そうだね、恨めしくなくなっちゃったよ」
「残念です」
 女のおばけはそう言って、タンスと壁の奥の方に引っこんでしまった。
 桜井はむいたみかんを食べ始めた。今回の件は、このみかんに免じて許すことにしようと、そう決めた。
「おい、勝手にみかんを……まあ、いいか。みかんくらい」
 黒沢もむきかけだったみかんに手を伸ばした。桜井がリモコンに手を伸ばしてパチリとテレビをつける。ちょうどお笑い番組が始まったあたりで、観客の割れるような拍手がお笑い芸人を出迎えたところだった。
桜井がみかんを食べ終える。すると黒沢が「もう一つ食うか?」とすすめてきたので遠慮なくもらった。一方の黒沢はこたつから出て台所の方にむかった。魔法瓶のあたりでかちゃかちゃやっているのをみると、お茶を淹れているようだ。やがて二人分の湯呑を持ってきて桜井の前に置いた。
「飲めよ」 
「ありがとう」
「あと、これ」
 そして黒沢が取り出したのは、桜井が教師に没収されたはずの紙袋だった。
 桜井は驚いたようにその紙袋を見た。慌てて中身を確認する。中身は確かに、金田と「交換し合っていたもの(思春期男子特有の(略))」だった。
「取り返しておいた」
「ど、どうやって?」
「おばけの力で」
「なんで言うこと聞くの?」
「家賃みたいなもんだよ」
「へぇ」
 陰陽師のようだ、と桜井は思った。
「その代わり、取引がある」
 桜井は少し考えてから言った。
「いいよ」
「おばけのことは、秘密な」
「誰にも言ってはいけない?」
「そう」
「しゃべったら?」
「しゃべったらいかんぞ」
 こたつの中の黒猫が、桜井の膝をよじのぼって顔を出し、会話に割って入ってきた。そして大きな瞳で桜井をじっと見つめた。
「おぬしがしゃべったら、黒沢一家は引っ越しじゃ。色々厄介なことになる。おぬし、若のお友達なんじゃろ、若が転校したら困るじゃろ?」
「うん、そうだね」
「あと、若のお友達じゃから、あんまり言いたくないんじゃがの、厄介なことになるのは黒沢一家だけじゃないぞい。ここに住むおばけも困るんじゃ。無論、わしもな。し返しの一つもするかも知れんの。ちなみにここにはおばけはいっぱいおるでの。し返しもどえりゃー数になるぞい」
「おっかないね」
「そう、おっかないのじゃ」
「そういう訳だから、頼むぜ、桜井」
「うん」
 桜井は頷いた。

 しかし桜井は、約束を果たすことができなかった。