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【問:□に不等号をいれよ】おばけ□人間

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黒沢の家からの、返り道のことだ。
「ねえ、茶髪の君、ちょっといいかな?」
 桜井に声をかける者があった。桜井は一瞬、おばけの類かと思って緊張したが、その人はスーツを着て皮鞄を持った、どこからどう見ても普通の人間だった。
「ちょっと道に迷っちゃったんだけど、聞いてもいいかな?」
「はあ……」
「あ、失礼、僕の名前は鈴木秀重(ひでしげ)と言う。名刺は……一応渡しておくか」
 桜井は名刺を手渡される。そこには確かに『鈴木秀重』と書いてあり、出身が和歌山県となっていた。肩書きは僧侶とあった。
 桜井はまじまじと鈴木の髪の毛を見た。どんなに目をこらしてもカツラか地毛かの判断はつかなかった。
「ん? あー、そういうことか。いやいや、坊主にしないお坊さんだっているんだよ。坊主の人がお坊さんと限らないのと一緒さ」
 桜井は友人のことを思い出して納得する。
「それで、どこに?」
 桜井は鈴木に近づいた。鈴木は携帯電話を手元に持っていたので、グーグルマップにアクセスして地図を見ていると思ったからだった。鈴木が、えっとね、と言いながら携帯電話の画面に指をさす。そこには見慣れた地名があり、牧代中学校の名前があった。
「牧代中学校に行くんですか?」
 そう聞かれて、鈴木は目を宙に泳がせた。
「あー……うーん、まあ、そう、そうだよ。そういうこと」
「それなら、この道が地図ではこの道にあたるので、このまま、まっすぐ行けば大丈夫ですよ」
「そうか、ありがとう」
 鈴木は携帯を閉じた。
「お礼にお祓いをしてあげよう」
「いえいえ、そんな」
「遠慮するな」
 鈴木は皮鞄から数珠を取り出して手首と手のひらに絡ませる。そして桜井に向かってムニャムニャ唱えた。
 そうして鈴木はわざとらしく顔をしかめた。
「むむぅ、これは妖怪の気配だ。茶髪の君、最近おばけや妖怪の類に出会わなかったかね」
 桜井は友人との約束をきっちり覚えていたので、はっきりと答えた。
「いいえ」
「そうか! 妙なことを言って悪かったな」
 では、と言って鈴木は桜井に背を向けた。先ほど道案内をしたことが嘘のように、中学校とは別の方向へ、桜井が通って来た道の方へ歩き出していた。
「鈴木さん、中学校はそちらではありませんよ!」
「急用ができたのさ」
 桜井は釈然としないまま、家に帰った。

 次の朝。今日も学校か、と気だるく思いながら桜井は家族と一緒に朝食を食べていた。するとテレビをつけながら新聞を読んでいた父親が、素っ頓狂な声をあげた。
「おい、大変だ! 黒沢さん家が新聞に出てるぞ!」
「あらまあ」
 母親も声をあげた。
「テレビでも出てるわよ、あなた!」
 桜井はお皿からテレビに目を移した。そこには、昨日訪れた日本家屋の画像がBeforeの枠に、そして黒こげた更地になった画像がAfterの枠におさまっていた。テロップには『衝撃! 市内で民家、ガス爆発!』と書いてある。
『臨時ニュースを申しあげます。今朝午前四時ごろ、牧代市内の住宅地で、原因不明のガス爆発が起こった模様です。しかし証言の中には未だ爆発音を聞いたものは無く、牧代市警は別の事件の可能性があるとして、調査を進めています』
 とんでもないことになっていた。
 桜井は朝食もそこそこに居間を飛びだして玄関にある電話を手に取った。そして黒沢の家に電話をかける。新聞やテレビに出た家は、黒沢の家では無いかもしれない。しかし呼び出し音はならず、不通であると女性の声が告げるばかりだった。
 ちょうどその時、玄関のチャイムがなった。同時に、ばうばうばう! と年老いた飼い犬が狂ったように吠えていた。
「ちょっと出てくれる~?」
 居間の方から母親の声がする。
 桜井はそれとは関係なく、玄関にむかった。玄関の曇窓越しの影が、友人の背格好に似ていたからだった。
 ばうばうばう!
 飼い犬が吠えている。
 桜井はがらりと戸をあけた。そこには人では無く、真っ黒な猫が座っていた。黒沢の家にいた、二本の尾をもつ黒猫である。しかし昨日のような面影はどこにもない。毛がぼさぼさで、歯や爪がするどくて、二つの尾がゆらゆらゆれて……怖い。そんなことを桜井が考えていると、猫が音もなく桜井にとびかかった。
「おっとぉ」
 しかし寸でのところで木に棒に叩かれ、桜井の足元に落ちる。そこに更に木の棒の追いうちがかかった。猫はやがて動かなくなった。木の棒を持って叩いたのは鈴木だった。鈴木はそれから、ムニャムニャ唱え、最後に「喝っ!」と叫んだ。猫は恨めしそうに「うにゃあ」と叫んで塵になり消えてしまった。
ばうばうばう!
「やあ、危なかったね」
 声に顔を挙げると鈴木の姿がある。
「君のおかげで、この街に巣くっていた妖怪をたくさん退治できた。お礼を言うよ」
 飼い犬はまだ吠え続けている。
「は?」
「昨日のあれは、言いたくても言えなかったんだろ? 妖怪にあったか、って言われて、はっきり『いいえ』なんて答える人間なんていないしね。まあ、これで一件落着だ。君はもう安全だから、安心して学校に行くといい。それじゃ」
「ちょっと待ってよ!」
 ばうばうばう!
「なんだい? 妖怪のことなら、興味本位で聞くなら感心しないな。普通の人は知らなくていいことだし」
「黒沢は僕の友達なんだよ!」
「そうか、それはご愁傷様」
「なんだよ、それ!」
「妖怪に言いくるめられた人間は、こちらの説得には耳を貸さないものでね」
「いいおばけだったかも知れないだろ!」
「はっはっは!」
 鈴木は無表情に笑った。
「いい妖怪なんていないよ、青年。じゃあな!」
 鈴木はそう言って立ち去って行った。鈴木がいなくなってようやく、飼い犬は吠えるのを止めた。

 桜井はその後、全速力で学校に行った。しかし友人は、二人までしかそろわなかった。