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舞うが如く 第七章 1~3

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 現在の群馬県の県都である前橋市から、
製糸場が造られた富岡市までは、直線で歩くと30キロ余りです。
当時の交通手段と言えば、まだ人力車や、馬、籠といった類で、
ほとんどは、徒歩です。



 集められた志願の子女たちの顔触れは実に多彩です。
前橋から隔たった地域からの参加も多くいて、遠くは渋川や沼田をはじめ、
勢多郡一帯から集まってきました。
前橋藩主の家老の娘から、小藩の下級武士の長女娘まで、
いずれもが士族の子女たちばかりが集いました。



 人集めに苦労した富岡製糸場の理由の一つに、
「異人に生き血を呑まれる」という、悪評の流布が有りました。
赤ワインを飲むフランス人たちの生態を称して、
異人を鬼に例え、若い娘たちの生き血を飲んでいると流布されたために、
婦女子たちをおおいなる不安に陥れていたのです。
おおくの士族の娘たちも「お国のため」という大義名分のもと、
なみなみならぬ一大決意をしての志願です。



 子女たちは、前日に前橋へ集合し、ここで一泊をしたうえで、
早朝より、富岡をめざして歩き始めることになりました。


 ところが10里余りの道のりは、
旅慣れていない士族の子女たちの足では遠すぎました。
最初は遠足の様に元気に歩き始めたものの、数里も行かないうちに
足取りは重くなり、口数すら半減するあり様に変わってしまいました。
やむなく道中取締役の一存で、予定に反して道中のちょうど半ばあたり、
安中で宿泊することに決まりました。



 前橋を出発した道中は
ひたすら榛名山を右に見て、迂回しながら西へ進みます。
中山道と合流をしてからは、少しだけ碓氷峠方面に向かって歩いていくと、
ほどなく安中宿へと到着をします。



 途中で足を痛めた子女の二人は、
琴の判断で、やむなく馬の背中へ乗せることになりました。
初めての馬への騎乗に、この二人も最初はたいへんに大喜びをします。


 当時の道中馬は、炬燵櫓(こたつやぐら)を鞍にくくりつけて
二人が座れるように装着をされていました。
しかし馬が歩くたびに、炬燵も激しく上下に揺れ動きます。
最初は、足が痛いと泣いていた子女たちが、
今度は、「怖い、恐い」と悲鳴をあげてしまいます。
付き添って歩く琴もこのあり様に、これには思わず
苦笑をもらします。



 そんな子女たちも、
宿屋に着くなり、ケロリと生き返ってしまいました。
お湯に浸かり、夕食を済ませると、早くも20人が車座となりました。
今朝別れてきたばかりの両親たちとの、
門出の会話などが、早くも賑やかに始まります。