夏色のひみつ
金の字小僧
夜、寝る前に日記を書いていたら、どうにも昼間のことが気になってきた。
「やっぱり、さっきの男の子のこと、なっちゃんに話してみようかな」
わたしはなっちゃんの部屋に行ってみた。
「なっちゃん。ちょっといい?」
「いいわよ」
そうっとふすまを開けると、なっちゃんは机に向かっていた。何冊も本を広げて、何か調べているみたいだった。
「そのへんに適当に座って。ちょっと待っててね」
なっちゃんはなにかをパソコンに打ち込んでいた。
机の上のライトとパソコンの光だけの部屋の中はほの暗くて、壁一杯の本の背表紙がぼんやりとうかんで模様みたいに見える。
まるで学者の部屋みたい。
「おまたせ。なにかしら」
なっちゃんは縁側においてある小さな冷蔵庫から缶ジュースを出してきてくれた。
「うん。さっきね。庭でヘンな男の子にあったの」
「ヘンな男の子?」
「わたし、昼間、海の上に立っていたって言ったでしょ? それはその子の一番古い記憶なんだって」
なっちゃんはちょっと首をかしげて、何か考えていたけど、イスから立ち上がって窓側にある本棚から、古い本を何冊か取り出した。
「あの切り通しでは、海の上に行っちゃったのね?」
本を広げながら、なっちゃんはもう一度聞き返した。
「うん。なっちゃん、信じてくれる?」
わたしは笑われるかと心配だったので、おそるおそる聞いてみた。するとなっちゃんは真顔で答えてくれた。
「うん。信じるわよ。ああいうほこらの場所とか、大きな木のそばって、何かの気をかんじるもの」
「ほんと? じゃあ、なっちゃんもどこかにとばされたとか」
なっちゃんは笑って首を横に振った。
「まさか。そんなことまではなかったけど、あのあたりは、水軍のかくした埋蔵金の伝説があってね……」
「水軍て?」
「早くいっちゃえば海賊なんだけど、瀬戸内海で活躍した一族なの。もとは海の交易を一手に支配していたんだけど、だんだんと海賊的な組織になって、とくに海の戦いでは強かったの。豊臣秀吉が天下を統一した頃には力が弱くなって消えていったんだけど、その水軍のごく一部の人が、海をわたってこの片浦にもきたっていうわけ」
「ふうん」
「で、自分達の財産をどこかにかくしたっていう話が埋蔵金の伝説になってるの。その山が今切り通しになってるあたり」
わたしはおもしろくなって、もっと話が聞きたくなった。
「じゃあ、そのとき出てこなかったの? 埋蔵金」
「ええ。残念ながら。ただね、その埋蔵金についてもう一つ言い伝えがくっついてて」
「なに? なに?」
わたしは身を乗り出した。
「江戸時代の頃にね、あの山に金の字小僧が出るってさわがれたんですって」
「金の字小僧?」
おかしくて吹き出しそうになったわたしはすっとんきょうな声を出した。なっちゃんは広げたページを見せてくれた。
「ほら、こんな男の子。あのあたりで畑仕事をしていた人の前に、夕方になると、どこからともなく現われたんですって」
その本に描かれている男の子は、はだかに腹がけをしてあぐらをかいて座っていた。その顔はおだやかで愛嬌があって、両手を頭の上にかさのようにかざし、ニコニコ笑っている。
「だから、お百姓さんたちは、夕方近くになると、金の字がでないうちに帰ろうっていったそうなの。ただ笑っているだけでなんにもしないんだけど、なんとなく気味が悪かったのね」
「ふうん。それが水軍と関係あるの?」
「うん。だからね、みんな水軍がかくした埋蔵金の精で、お金が世に出てきたくて金の字小僧の姿になって教えているんじゃないかってうわさしたそうなのよ」
「そうなんだ」
「わたしはそういういわれのあるところだから、あのほこらのところに何かを感じちゃうのね。まあ、とくに霊感があるわけじゃないけど」
霊感?……わたしのはなんだろう。さっき見たのは。
「じゃあ、わたしがあったのは、この本と姿は違うけど、金の字小僧なのかなあ」
「うーん。そうかもしれないわね。一番古い記憶が海を渡っているところなら」
「うん。絵本で見た牛若丸みたいな格好だった」
「さすがに、腹掛け一枚じゃあ、女の子の目の前には出てこられないわけね」
なっちゃんとふたりで大笑いした。