森と少女~forest
シーン4(ゼンマイ仕掛けのバレリーナ)
明転。
静止しているバレリーナ。アリスが歩いてくる。バレリーナを見つけたアリス、一度立ち止まって、
アリス「(不思議そうに)……何かしら?」
バレリーナのすぐ側まで歩いていき、覗き込んでみる。バレリーナのまわりを一周して、再び顔を覗き込む。真っ直ぐ前を見ているバレリーナ。アリスが顔を覗き込むと、不意にアリスの方を見て
バレリーナ「……あなたは?」
アリス「(驚いて)えっ!?」
アリス、驚いて一歩バレリーナから離れる。バレリーナは静止したまま途切れ途切れに、
無表情で、
バレリーナ「あなたは……どなた、ですか?」
アリス「(驚いて、しどろもどろで)えっ? あ、アリス……アリス、だけど」
バレリーナ「ア、リス。お願い……が、あります(ぎこちない動作で少しだけ手を動かして、背中のゼンマイを指さして)ゼンマイを、巻いてください……ゼンマイを」
アリス「(再びバレリーナに近付き)ゼンマイって……(バレリーナの背中についているゼンマイを見て、一瞬だけ指先で触れてみる)このゼンマイを、巻けばいいの?」
バレリーナ「はい。そのゼンマイを、巻いて(ぴたりと口をつぐむ)」
アリス「(しばらくバレリーナを覗き込んだまま、目の前で何度か手を振ってみて)喋らなくなっちゃった……」
アリス、バレリーナの後ろに回ると、恐る恐るゼンマイを掴む。
アリス「これを巻けばいいのね(力強く頷いて)よ、い、しょっと……(ゆっくりとゼンマイを回す)」
三回ゼンマイを回すアリス。
アリスがゼンマイから手を離すと同時にバレリーナは無表情から笑顔に変わり、小さな空間で踊り出す。突然踊り出したバレリーナに、アリスは驚くが、すぐに笑顔になる。
バレリーナ「(嬉しそうに笑い)ありがとう! これでまた少しの間踊っていられます」
アリス「うん。よかった、ちょうど私が通りがかって(すぐに寂しそうな顔になり)でも、ゼンマイが止まったら、また動けなくなっちゃうんだね……」
バレリーナ「(一端踊りを止めてアリスに向き直り)はい。私はゼンマイ仕掛けのバレリーナ。誰かにゼンマイを巻いてもらわなければ、こうして踊ることもできません」
アリス「(寂しそうな口調で)そうなんだ……」
再び踊り出すバレリーナ。アリスはその様子を不思議そうに見つめながら、
アリス「でも、さっきはゼンマイが切れてもお喋りできてたよね?」
バレリーナ「(立ち止まり、アリスの方を見て)あれは、残されていた力を何とか振り絞ったのです。私はゼンマイ仕掛けのバレリーナ。ゼンマイが止まれば、こうしてあなたと楽しくお喋りすることもできません。もちろん(その場で一度軽くターンして)こうして、踊ることも」
アリス「(不思議そうに)ふうん……」
再び踊り出すバレリーナ。アリスも足でリズムをとりながら、
アリス「とっても素敵なダンスなのにね(意気込んで、身を乗り出して)ゼンマイが止まっても、さっきみたいに頑張ればもっともっとたくさん踊れるんじゃない?」
バレリーナ「(不思議そうにアリスを見つめ返す)……そんなことはできません」
アリス「(寂しそうに)どうして?」
バレリーナ「そんなこと、生まれてから一回も試したことがないもの。私はゼンマイ仕掛けのバレリーナ(立ち止まり、俯いて)誰かにゼンマイを巻いてもらえなければ、踊ることだってできません」
アリス「(俯くバレリーナの側に駆け寄って、胸の前で手を組んで説得するように)一回も試したことがないのなら、一回目を試してみればいいじゃない!」
バレリーナ「(驚いたような表情でアリスを見て)アリス……」
ゼンマイがゆっくり止まっていく。
バレリーナ「(喋り方がぎこちなくなっていく)アリス……ゼンマイを。ゼンマイを巻いてください……アリス(ゼンマイが止まって、静止する)」
アリス「(慌てて)バレリーナさん? バレリーナさん!(目の前でひらひらと手を振って)……止まっちゃった」
アリス、しばらく何か考えて、
アリス「(バレリーナの体をくすぐってみて)こちょこちょこちょ……」
バレリーナ「(静止したまま)」
アリス「(大袈裟に溜息をついてみせる。残念そうに肩を落とし)……やっぱりダメか」
バレリーナの後ろに回り、ゼンマイを両手で掴んで、
アリス「(力強く頷き)ゼンマイが止まったら動けなくなっちゃうのなら、止まらないぐらいたくさんゼンマイを巻いておけばいいのよね(自分に言い聞かせるように言うと、ゼンマイを回し始める)」
バレリーナ「(動き始める。不意に、独り言のように)……一回も試したことがないのなら、一回目を試してみればいい(俯いて)でも、それはとても怖いことではありませんか?」
アリス「(ゼンマイを回しながら)でも、怖くてもやってみなくちゃ。まず一回目に挑戦してみなきゃ、何にもできなくなっちゃうもの」
バレリーナ「挑戦してみて、もし失敗したら?」
アリス「(ゼンマイを回しながら)やり直せばいいのよ!」
アリス、大きくゼンマイを回す。物が壊れるSE(なければ入れなくて構いません)。バレリーナの背中からゼンマイがとれてしまう。驚くアリス。
アリス「(とれてしまったゼンマイを持ったまま、それをじっと見て)……やり直せないかな?」
バレリーナ「(アリスの方に振り返って)どうかしましたか?」
アリス「(慌ててゼンマイを自分の背後に隠して。激しく首を左右に振り)な、なんでもない!」
バレリーナ「(不思議そうに)そうですか?」
アリス「(何度も頷く)そうなんです」
小さな空間で踊り出すバレリーナ。アリス、何かに気付いたように自分の持っているゼンマイに視線を落とす。バレリーナの方を見て、再びゼンマイに視線を落とし。ゼンマイを背後に隠して、
アリス「ええと……あの、バレリーナさん?」
バレリーナ「(踊りを止めて、アリスに向き直り)どうしました?」
アリス「あのね。その、驚かないで聞いて欲しいんだけど」
バレリーナ「(不思議そうに)なんでしょう?」
アリス「(おずおずととれてしまったゼンマイを差し出して)これ……とれちゃった」
バレリーナ、静止する(この場面では完全にBGMを止めていただけると嬉しいです)。アリスが足でリズムをとっていると、不意にバレリーナも足を鳴らし始める。アリスとバレリーナ、顔を見合わせて笑い、
バレリーナ「一回目を試してみて」
アリス「もし失敗したら?」
アリス・バレリーナ「(二人で声を重ねて)やり直せばいい!」
バレリーナの踊るパフォーマンス。パフォーマンスが終わる間際にアリスがバレリーナの隣に並んで、
バレリーナ「ゼンマイが止まったら踊れないと思っていたけど、ゼンマイがなければ踊れないと思っていたけど」
アリス「もう、ゼンマイがなくたって踊れる」
バレリーナ「何もなくても、踊りたいと思えば、そのときに踊れる!(アリスと二人でゼンマイを放り投げて)」
森の住民達登場。アリスを含めて更にパフォーマンス。バレリーナと森の住民達は立ち去っていく。最後にアリスの方を見て、
バレリーナ「自分でゼンマイを止めてしまわなければ、いつだって踊れたんですね」
作品名:森と少女~forest 作家名:名寄椋司