森と少女~forest
イモムシ「そうそう! なあ、今どこにいるんだ?(嬉しそうにあたりを見回しながら)いつもはここらへんで踊ってるんたけどさ」
アリス「バレリーナさんなら、さっきまで一緒だったわよ?(小声になって)いつの間にかいなくなっちゃったけど……」
イモムシ「(悲痛な様子で)何でずっと一緒にいないんだよ!?」
アリス「(一歩後退って)何でって言われても(むっとした表情になり)あなたが怒ることじゃないでしょ? だいたい、何でバレリーナさんを探してるの?」
イモムシ「(少し間を置いて)え?」
アリス「だから、何でバレリーナさんを探してるの?」
イモムシ「そりゃあ……その、別に何でって言われてもたいした理由はねえよ」
アリス「(疑わしい様子)ふうん……(イモムシの背後を指さして)あ、バレリーナさん!」
イモムシ「(勢いよく振り返る。目を閉じてひざまずき)今日は一段とお美しい!」
イモムシ、目を閉じて静止。
イモムシ「(しばらく間を空けて、ゆっくり目を開ける)……今日は一段と、後ろが透けて見える」
アリス「普段から後ろが透けてるの?」
イモムシ「そうそう。つまりそれぐらい肌に透明感があるという(立ち上がってアリスに詰め寄り)ってそんなわけねえよ! どこにもいないじゃねえか!」
アリス「(可笑しそうに笑って)あははっ、だから、いつの間にかいなくなっちゃったって言ったのに。そんなに会いたいんだ?」
イモムシ「なっ(口ごもり、照れ臭そうに)そりゃあ、会いたいから探してんだろうが」
アリス「ふうん(少し落ち着いた様子で)ねえ、どうしてそんなにバレリーナさんに会いたいの?」
イモムシ「(驚いたように、少し声を高くして)どうしてっておまえそりゃ(少し間を空ける。声のトーンを落とす)……あの子のことが好きだからだよ」
アリス「(驚いて、口元を両手で隠しながら)それ、バレリーナさんには言ったの……?」
イモムシ「(はん、と鼻で笑って)言えるかよ。イモムシの俺が」
イモムシ、肩を竦める(ここで照明とBGM等暗くしていただけると嬉しいです)
イモムシ「おまえも知ってるだろ。俺達イモムシは、大人になったら綺麗な蝶になるって」
アリス「(頷いて)うん」
イモムシ「(溜息をつく)でもな、俺はもう大人になったのに、どういうわけか蝶になれないんだよ。もう何年も何年も、ずっとイモムシのまんま」
アリス「(抑えた声で)どうして……?」
イモムシ「(投げやりに)さあね。森の奴らはイモムシのままでもいいじゃないか、なんて言ってくれるけどな(やるせなさそうに笑って)優しいのはわかるんだけどよ。優しさってのは、甘えちゃいけないもんだろ。ここの森の奴らは、優しくすることと甘やかすことが一緒だと思ってるんだ」
アリス「イモムシさん……」
イモムシ「(わざとらしい明るい声で)でもよ、あの子だけは違ったんだよ! あの子は、この森で一人だけ、オレに言ってくれたんだ。早く蝶になれるといいですね……ってな」
アリス、俯いてしまう。イモムシ、上を見て、
イモムシ「仲間はみぃんな蝶になってどっかに飛んでっちまった。俺だけずっとイモムシのまんま……綺麗な蝶にもなれねえで、イモムシのまんまさ。あの子はいつか蝶になれますよって言ってくれたけど、正直もうずっとこのままだなって気がしてる」
アリス「(気遣うように)そんなこと……」
イモムシ「(アリスの方を見る。アリスの言葉を遮るように手を振って)いいんだよ。ただ、ずっとイモムシのまんまの俺じゃ、いくら好きだって言ってもあの子は喜んじゃくれないだろうしなって思うと、ちょっと……悲しいけどな」
アリス「でも、さっきまでバレリーナさんを探してたんでしょ? 好きだって言うために探してたんじゃないの?」
イモムシ「(投げやり気味に)そういうわけじゃねえよ。探してはいたけど、いざ会えたら何を言うつもりだったかなんて、全然考えてなかった(無理矢理自分を慰めるような口調で)おまえがいてよかったのかもな。会えないままで、好きって言っても喜んでもらえないんじゃあ、遠くから見てるだけにしとけって神様が言ってるのかもしんねえ」
アリス「(少しだけ語気を強めて)そんなことない!」
突然声を荒げたアリスに、イモムシは驚いてアリスを見る。
アリス「そんなの、バレリーナさんに失礼よ」
イモムシ「失礼?(むっとして)何で失礼なんだよ」
アリス「だって、あなたはまるで、自分が蝶々だったらバレリーナさんに告白できた、喜んでもらえたって言ってるみたいじゃない!」
イモムシ「だってそうだろ? 蝶の方がいいに決まってるだろ? だからあの子は俺に、早く蝶になれるといいですねって言ってくれたんだろうが」
アリス「全然違うわよ。バレリーナさんは、諦めちゃいけないって、ずっと変わらないままじゃいけないって、そう言いたかったの(声のトーンを抑え気味にして)バレリーナさんも、ゼンマイがないと踊れないって思ってたから、イモムシさんには自分みたいに諦めないで欲しいって思ってたんじゃないかな」
イモムシ「そ、そんなこと言ったって、イモムシじゃあの子には喜んでもらえないのは同じじゃねえか。みんな綺麗な蝶の方が好きなんだからよ」
アリス「そんなことない。それじゃあバレリーナさんは、蝶々なら誰でもいいの? 綺麗なものだったら何でも好きなの?」
イモムシ「(気圧されたように)そういうわけじゃあないとは思うけど……」
アリス「でしょう? 蝶々だから、綺麗だから好きになるわけじゃない(からかうように)あなただって綺麗な女の子がみんな好きなわけじゃないでしょ?」
イモムシ「(勢い込んで)当たり前じゃねえか! 俺はあの子一筋なんだよ!」
アリス「(嬉しそうに笑って)うん。好きってね、綺麗だから好きなわけじゃないの。自分にとって特別だから……だから好きなの」
イモムシ「(俯いて)特別だから……か」
アリス「そうよ。それに、あなたはさっき、仲間は蝶になってみんなどこかに飛んでっちゃったって言ってたけど(イモムシに近付いて、小声で耳打ち)あなたなら、どこにも飛んでいかないで、ずっとバレリーナさんの側にいられるかもしれないじゃない」
イモムシ、アリスの言葉を聞いて表情を輝かせ。自分の頬を両手で叩き、
イモムシ「へへっ……そうだよな。俺だって別に、あの子が綺麗だから好きになったわけじゃねえ。あの子の踊りを見たとき、こんなふうに踊れるのはあの子だけだって思ったから好きになったんだもんな……忘れてたぜ」
アリス「(嬉しそうに笑いながら頷いて)うん!」
イモムシ「ありがとよ、アリス!(その場でターン、気障なポーズをとって、低い声で)ダンディに決めてくるぜ」
アリス「(微妙にひきつった笑顔と口調で)それはどうかと思うけど……と、とにかく、頑張ってね! 応援してるから!」
イモムシ「おう! 任せとけ!(舞台の端まで走っていき)じゃあな!」
アリス「またね、イモムシさん。お幸せに(手を振って走っていくイモムシを見送り。走り去ったのを確認すると、笑顔で反対側へ歩いていこうとする)」
イモムシ「(突然走り去ったのと同じところから顔を出して)ああ、そうそう」
作品名:森と少女~forest 作家名:名寄椋司