舞うが如く 第六章 13~16
武装した松ヶ丘開墾場の士族たち3000人が、
警官隊の前面に踊り出ました。
間合いを詰めてくる農民たちに向かって、全員が刀の柄に手をかけます。
それでも農民たちに、ひるむ様子はありません。
それどころか押し寄せてくる人の波に押されるようにじりじりと、
農民たちが至近距離へと迫りはじめます。
「そこをどけ!」
「俺たちの指導者を返せ、」
「お前らも、
おらたちと同じ大地の民だろう。
もう、県の手先たちにこき使われるのは
いい加減に、やめたらどうだ。」
鎌を構え、棒を突き出した農民たちが口々に叫びます。
お互いを隔てる距離が、さらに数間ほど詰まります。
先陣が、相手の眉の動きまも克明に見える距離にまで
最接近をした時のことです。
いきなり、士族の一人が抜刀をしました。
農民の先頭集団が一瞬だけひるみを見せました。
そこの一角だけが気迫に負けて、数歩ずつ後へ下がり始めます。
つられたように士族の数人が、相次いで抜刀をします。
悲鳴と怒号が上がるなか、
大地を踏みしめなおした農民たちが、腰を低くに構えると棒と竹やりを、
ようやく水平に構え直します。
いつでも隙を見て飛びかかれるように、さらに腰を据えて
眼光鋭く身構えました。
ひと時だけひるんだものの、
農民たちには、引きさがる気配は微塵も見えません。
逆に刃物を見据えるそのいずれの目には、
異様な怒りの色が、満ち溢れてくるようにもなりました。
「斬れるものなら、斬ってみろ。」
厚みを増した農民たちの先陣が足並みをそろえて、
じわりじわりと前に進みます。
後方に連なる農民たちの人波も、津波のようなうねり見せはじめました。
爆発寸前のように、にわかに前進をする気配を充満させます。
「怪我をさせてはなりませぬ。
我らがここで争いあっても、何の解決にもなりませぬゆえ、、
ここでの命の奪い合いこそ、愚の骨頂!。」
やまれぬ想いで琴が悲痛な声を上げた、その一瞬でした。
後方に展開していた警官隊から、
上空に向けての、一斉の威嚇射撃が始まってしまいました。
さらに群衆たちの真ん中に向けて、両翼に置かれた大砲からは
大きな轟きと共にその砲弾が、立て続けに打ち出されてしまいます。
激しく炸裂する土煙が合図となり、それまで押し殺してきた農民たちの
怒りの声が、ここで初めて地鳴りのように湧き上がります。
押し寄せる農民たちと防衛側で、激しい衝突がはじまりました。
次々と押し寄せる人波の圧力に負けて、
ついに琴自身も剣を抜きはなちます。
真剣の峰を返し、最小限に剣をふるい続ける琴の両眼からは、
自然と涙があふれます。
果てしなく押し寄せ続ける農民たちの姿を前にして、琴はただ、
己の無力さばかりが悔やまれて、悔しさに、
きつく唇を噛むばかりです。
作品名:舞うが如く 第六章 13~16 作家名:落合順平