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In der Stadt von einer stillen

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2.

「アメジスト、ご無事でしたか」
地上への階段を登り切ると、出口付近でシウアが倒れた東国人達をご丁寧にも壁際に横たわらせていて、こちらに気づいてはフードの下から笑みをこぼした。暢気にそんなことをしている様子を見ると、まだ上階の奴らには見つかっていないようだ。俺は安心して一息吐いたが、そんなシウアを見るなりエルファが予想だにもしていないことを聞いた。
「ガルシアとフィンリルは?」
「あの二人も来ているのか!?」
驚いた。シウアにだけ来てもらえば済むようなことを、ぞろぞろと女性陣まで引き連れてやってきていたとは。俺の予感が外れていなければ、彼等はおそらく久しぶりの地上にピクニック気分なのだろう…。
「すみません。どうしても皆さんが来たいと聞かなくて」
予想通りの回答を予想通りの困った表情でシウアは答えた。俺が呆れて思わず大きなため息をらつくと、彼は更に困った顔で苦笑いする。
「二人は先に幽閉されていた方々を開放して家まで送っています。私達も急ぎましょう」
「いや、このまま上まで付き合ってくれないか。大事な物を親玉に盗られて、奪い返さないといけなくなった」
そう言いながら俺は、留衣の方を一瞥した。彼女はエルファに抱えられて、所謂お姫様抱っこというやつに少し居心地が悪そうにしながらも照れている。
「貴女が…」
「留衣・フォーカードと申します」
「……!?」
「フォーカード?お嬢ちゃん、西の人間だったのか?」
留衣が名乗ると、確かにシウアはフードの下で驚いていたが、すぐにエルファが口を挟んだせいで、それが何を意味していたのか、その時俺は理解することが出来なかった。
「生まれは東国ですが、訳あって…。私はあまり覚えていないのですが、幼い頃は西国で暮らしていたこともありました」
「訳あってね。全く、我等の周りには訳ありばかりが揃うな。まぁ、我とて人の事は言えぬがな」
留衣は言葉を濁してそれ以上あまり話したくなさそうに目を逸らしたが、それを見てエルファが戯けて言った。人にはそれぞれ事情があるものだ、そう言わんばかりに話すエルファに、留衣は少し表情を和らげた。
「でも貴方には、もう全て知られているのよね?」
苦笑気味で留衣は俺の方を向いた。闇精霊には触れたものの過去が見えるという事を知っているのだろうが、俺は首を横に振った。
「…いや、あんたの過去は何故か断片的にしか見えなかった。解ったのは名前と力の事、あとは西に逃げて来てからの事くらいだ」
「じゃあ、彼女の事は…」
「彼女?さっきも言っていたな。誰の事だ?」
しきりに留衣が呼ぶ『彼女』という者。俺が聞き返すと留衣は何かを言いかけたが、間が悪く廊下から足音が近づいてきた。…まただ、確信に突こうとすると、まるでいつも何かに阻まれているような気がするのは気のせいだろうか?
「貴様等!!そこで何をしている!!?」
「ちっ、何事もなく突破したかったがな…」
二人の東国人が俺達を見つけると、指笛で建物内に非常事態を伝えた。エルファは悪態を吐きながらゆっくり留衣を降ろし、槍を構えて俺達の前に出た。その間にシウアがこちらを振り返る。
「アメジスト、留衣さん、手をこちらへ」
言われるままに俺と留衣は縛られたままの手を差し出す。彼の手が添えられると、白い鳩が解錠した時と同じ様に、音もなく鎖が砕けて砂の様にボロボロと崩れた。無言の詠唱。留衣はそれに気付いて驚いたようにシウアを見上げた。無言なんてものではない。彼にとってそれは、息をするように自然でごく当たり前のもののよう。シウアはフードの下から微笑んで、一呼吸おいて呟いた。
「ご挨拶がまだでしたね。私はシウア・ラグズ」
「シウアさん…」
「……。」
留衣が何気なくその名を復唱するまで、シウアは鋭い目で留衣をじっと見ていたのに俺は気づいた。…やはり、何かある。彼がそんな目で人を見るなど滅多にあることではない。彼女が東国中を追われているのなら、少なからずこの国でも名の知れた人間なのかもしれないが…。
「あ、シウア!何お前だけ自己紹介してるんだよ!我はエルファだ!よろしくな、留衣ちゃん」
後ろの様子が気になるのか、前方に東国人が集まっているというのに、エルファは振り返って片目をつむると派手に槍を振り回して敵陣に突撃していった。
「ここは私達に任せて、二人は先に上へ」
「あぁ、頼む」
シウアが素早い手つきで足元にいくつも印を生成した。上階への螺旋階段は後からやってきた東国人で埋まっていたが、シウアの印の完成と共に淡い碧の光が駆け抜けて彼等を包むと、容易く気を失って倒れた。俺はそれを確認するまでもなく、留衣を抱えて東国人の上を軽々と飛び越えていく。先ほど地上で逃げていた時とは比べ物にならない速さに、留衣は小さく悲鳴を上げた。
この建物に居る東国人の気配は、二人が相手にしている人数で最後だ。だが一向に砌の姿はない。俺たちがこのまま逃げないことを知ってのことだろう。
「…この先だな」
「待って」
最上階の奥の間に気配が3つ。足音を立てずに扉に張り付いた俺を留衣が小声で呼び止めた。俺の横についた彼女は、軽く俺の腕を引いて真剣な表情で呟いた。
「ここまで助けてくれてありがとう。…貴方に会えて良かった」
「どうした?改まって。まだ何も終わっていないだろう?」
「…今言わないと、ずっと言えない気がするから」
留衣は儚げに微笑んで、先に扉のノブに手をかけた。いきなり中に入って、何も罠がない訳がない。
「待て…!!」
俺は部屋に入りかけた留衣を慌てて引き寄せ、代わりに一歩、陣の描かれた床に足を踏み入れていた。何かあった時の為に印は組みかけていたが、床に不気味に赤く光るそれに気付いた時には遅かった。
「……!?」
まるで足がなくなったかのように力が抜けた。見る間に視界が傾いて地面が近くなる。俺はとっさに受け身をとろうとしたが、腕にも力が入らずそのまま為す術もなく床に崩れた。左側に勢い良く倒れて、肩から順に打撃と痛みが広がる。
「アメジスト…!」
何だ?腕を動かす余力もない。今の一瞬で何が起こった?
倒れたまま微動だにしない俺に、悲鳴のような声で呼んだ留衣が駆け寄る。その向こうから、気だるそうな女の声がした。
「あーぁ、久しぶりに留衣姉の生気を味わえると思ったのに、変なのがかかった」
「志穏…」
留衣が両膝を着いて俺を抱き起こしながらその女を睨んだ。
「でも、こっちのも美味しい♪」
舌舐めずりをしたまだ幼げのある黒髪の女が満悦の表情で俺を見下ろした。赤色の衣が相まってその口紅は血を思わせた。
「な…っ」
そうこうしている間にも視界が回る。まるで力を使い果たした時の様に、血の気が引いていくようだった。
身動きがとれずに混乱している俺を見て、留衣が静かに呟いた。
「力を奪われたのよ。彼女はラバーテイム。人の生気を吸って生きてる」
「人聞き悪いなぁ。そうしなきゃ生きていけないの。留衣姉とは正反対だね」
悪態を吐きながらも大して気にしていない様子で志穏はおどけた。その奥から二つの足音が近づいてくる。
「上出来だ、志穏」
「留衣姉じゃなくて良かったの?」
「そいつの方が厄介だからな」
作品名:In der Stadt von einer stillen 作家名:一綺