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てっしゅう
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「哀の川」 第十五章 杏子の変化

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第十五章  杏子の変化 


月日の経つのは早いものである。直樹の会社は順調に売上を伸ばしていた。円高は一気に加速し、年明けにはドルが100円を割り込み、ポンドも200円を割り込んでいた。輸出企業にとって痛手でも、多くの製品を輸入に頼る日本経済は考えていたより恩恵をこうむっていた。ガソリン価格、石油製品の価格、電気・ガスなどの料金など殆どが値下がりしていたからである。

1995年1月17日、火曜日。直樹の34歳の誕生日。早朝からのニュースは、直樹を愕然とさせた。神戸市内に最も被害が集中していた、阪神淡路大震災が起こったのだ。朝から電話を実家にしても、かからない。いてもたっても居られないので、とりあえず一人で新幹線に乗り、大阪まで行った。嘘のようにひと気のない大阪市内は却って不気味さを直樹に与えた。タクシーで行けるところまで行ってもらい、実家まで歩いて行った。周りの様子はひどいものである。終戦後の東京のような瓦礫の山で、人々はただうろたえているだけに見えた。

ボランティアの炊き出しに列が並び、寒空の中これからどうして過ごそうかと気を落としている人々が憐れでならなかった。やっとのことで実家に着いたが、ひと気は無い。避難所に行って中を覗うと、母が父と一緒に呆然と座っていた。
「父さん、母さん!大丈夫だったの?」
「直樹!直樹・・・良く来たね。何もかもなくなってしまったのよ。見てきたでしょ?神戸の町を・・・」
「うん、ひどいもんだ。ここで長くは暮らせないから、僕のところへしばらくはおいでよ。落ち着いたら整理して、また家を建てるなり、そのまま東京に住むなり考えればいいから・・・」

両親はお互いに顔を見合わせて考えていたが、もはやそうするしかなかった。カバンから携帯電話を取り出して、直樹は麻子に連絡した。通信手段がそれしかなかったからである。しかし繋がらない・・・両親を連れて大阪まで向かった。電波が入るようになった。

「もしもし、麻子?俺だよ。今両親と一緒だ。無事だったよ。安心した。今から連れて帰るから、部屋を空けておいてくれないか?」
「あなた、良かったですね。解りました。純一の部屋を使ってもらいましょう。純一には上の美津夫さんの空いている部屋を使わせてもうおうかしら・・・」
「すまんな、頼んでみてくれよ。軽く食事済ませてから向かうから、夕方にはつくよ」

最近普及を始めた携帯電話はこの時ほど便利に感じたことは無かった。何せ一般の電話は殆ど通じなかったからである。それは回線がパンクしていたからだ。優先的に携帯へ繋がる仕組みだったので、早く連絡が出来たのだ。クイズやテレビショッピングなども携帯から掛けるとすぐに繋がった。直樹はパナソニックのP201という機種を持っていた。電話しか出来ないものだが、それが当たり前の時代であった。

東京へ着いた直樹と両親は聞いてはいたがその立派な店舗住宅に感心した。息子というより、嫁の麻子の力をまざまざと見せ付けられた感覚であった。挨拶に出た純一を見てその大きくなったことに驚いた。直樹と全く似ていないことも、引け目に感じる原因にもなっていた。
「おばあちゃんおじいちゃん、いらっしゃい。純一です。ゆっくりなさって下さいね」
「純一君か、大きくなったね。それに立派になったよ。ありがとう、しばらくお世話になるね」

麻子は、部屋に案内した。さっぱりと片付けられている十畳ほどの洋室は、絨毯が敷かれ、布団で寝起き出来るようにしてあった。部屋から戻ってきた麻子に純一は、杏子のところへ行く、と言った。自分のおり場所がない事や、退屈する両親が杏子の店に行ったときに、手伝えるからと言うのが理由であった。

考えた末、二つの約束で許した。学校は休まない、夜、店に顔を出さない、守れなかったら中止にすると念を押した。すぐに電話して、杏子から了承を貰い、麻子は車で着替えなどを持たせて送って行った。

麻子は車を停めて自分も一緒に着いて行って、杏子に宜しくと言った。杏子は軽く頭を下げて「はい」と答えた。麻子を車まで見送りに出て、車の傍で心配要りませんから・・・と念を押して麻子を安心させた。自分の両親のことは直樹から聞いていたので知っていたが、今度の水曜日に会いに行くから伝えておいて、と頼んでおいた。

「純一!いらっしゃい。片付けておいたから、好きに荷物置いて使ってね。部屋は二つあるから、奥の方を使って。入口の方だと夜遅くなるときに起こしちゃうから」
「うん、解った。そうするよ。ママに店に出ちゃいけないって、言われているけど、忙しいときは手伝うから遠慮しないで言ってよ」
「ありがとう、そのときはよろしくね。じゃあ店があるから・・・」

純一は荷物を部屋に運んで、整理していた。少しして、着替えて下へ降りてゆくと、いつものなじみ客が来ていて、純一の顔を見つけると、「おっ!男前が来ているな。ここへおいで」と手招きした。杏子が、未成年なのでお店で飲食はさせないのよ、と話すと、「固い事を言うなあ、ママも・・・身内でしょ?構わないんじゃないの」と言い返された。純一がどうしようかと迷っているところへ、女性の客が、ママのお手伝いをしてあげたらいいわ、いつも一人で忙しくしているから、と助け舟を出してくれた。

「そうします。皿洗いは得意なんで・・・」
「純一、いいのよ、あなたは好きな事をしてくれていて」
「手伝うことが、好きなことなんだよ」
先ほどの女性客が、
「まあ、偉いわねえ。うちの孫とえらい違い!」
「えっ?孫ですか・・・」純一はその女性がおばあちゃんであることに驚いた。自分のおばあちゃんとは全然違う風貌だったからである。
「そうよ、おばあちゃんなの。もう65歳なのよ。あなたぐらいの男の子と小学生の女の子が家にいるのよ」
「そうなんですか・・・」

純一のおばあちゃんと同じぐらいだ。どう見てもそうは見えない。女性って年齢じゃなく、綺麗にしているかどうかなんだと悟ったようだ。

閉店の時間になった。純一は手伝っていたせいか、お腹が空いていた。杏子は何か食べに行く?と遅い時間にもかかわらず誘った。うん!と答えて、二人はラーメン屋さんに歩いて向かった。この辺りは東京でも静かなところだ。川沿いの道をどちらからとも無く手を繋いで歩き始めた。

「純一、今日はありがとうね、手伝ってくれて。助かったわ」
「うん、いいんだよ、そんなこと。そのために来たようなものだから」
「そう、すっかり大人の台詞ね・・・本当に逞しくなったよ、学校でも、もてるでしょう?」
「そんなこと無いよ。勉強ばかりしているクラスだから、そんなこと気にしている女子はいないんだよ。それに・・・可愛い子なんて居ないし」
「まあ、可哀想な台詞!女性はね好きな男の子が出来ると変るのよ!綺麗になるの。純一と付き合えば、きっと可愛くなるよ、どの子も・・・」
「そうかなあ・・・そうは見えないけど。まあ、どちらにせよ僕には決めた人が居るから、惑わないし、気にならない。それより、杏ちゃんは彼が出来たの?」