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掌編集【Silver Bullet】

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三/神様の企業努力




 夏の怪物との再開を願った夏空から、一週間ほど経った。夜は日に日に長くなり、月を眺める機会も多くなった。
 さりとて、立ち止まって月を眺めることをするわけでもなし、買い物袋と一緒に一本二百円以下の安い発泡酒を揺らしながら秋口の夜道をただぼんやりと歩いているのが常である。
 さて、さて。今回の話は都市伝説を題材にした或る雨の日のような話でも、お化けを主役にした夏の終わり頃の話でもない。ちょっとした、秋口の会話劇である。

 その日も発泡酒をぶら提げて夜道を歩いていた。暦の上では夏は終わっているものの、それでもまだ残暑の厳しさが夜闇に残っていて、温い空気が夏風に揺られていた。
 星の輝きが強い夜で、代わりに月は姿を見せず夜影も薄く暗い夜だ。
 私が寝床にしているボロアパートは山影を背にしており、少し坂を登るとすぐに林が目に見えてくる。林を脇に坂道を上がっていき、少しするとこの前夏の化け物と出合った広場に、さらに上に登って行くと中腹展望台に辿り着く。この中腹展望台には階段一つで登って来ることができて、先ほどの坂道を車で登ったあと、この展望台の駐車場に止めてそこから山登りを始める人間が多い。そこで一人酒でも嗜もうと思ったのだが、先客がいた。
 オレンジ色のパーカーとハーフパンツで見た目相応に仕上げた男の子で、高そうなヘッドフォンを首にかけている。更に携帯電話で誰かと話しているようで、ちょこちょこと会話が洩れ聞こえるが、内容までは分からない。
「それじゃあ、宿の方お願いね。じゃあ、十月に」
 そう言って、男の子は通話を切る。男の子に背を向けて帰ろうとも思ったが、それは何か悔しいし、何より今日はここで酒盛りをしようと決めてきたのだ、このプランを変えたくはなかった。
「あれ? お客さん?」
 案の定、男の子は私を認めると声を掛けてくる。
 しかしまあ、なんでお客さんなのだろうか?
「こんなところに、なんか用事でも?」
「用事って、別にお酒でも飲もうかな、って思っただけだよ」
 別に隠すことでもなし、そう答える。
「いいね、それ。僕も付き合うよ」
 一人酒のつもりだったのだが……まあいい。別に困ることもないし、私は男の子の座るベンチに座って安い発泡酒に手を付ける。男の子はどこから出してきたのか、清酒の酒瓶を取り出してきた。
「あんた、歳いくつ?」
「多分キミより上だよ」
 そう言って男の子はケラケラと笑う。見た目はどう見ても十代の男の子なのだが……。
「キミは宗教とか興味ある?」
「間に合ってます」
「そう言わず。それに信仰は大事だよ。人間が形のない不安から身を守るには、信仰が一番さ」
「あのね。最近の日本人はわざわざ『宗教をやってます』って言ったら変な目を見られるんだよ。日本はカルトが群雄割拠しているからね」
「その辺は僕も困っているんだよねぇ。特に困るのが、神様そのものじゃなくて人間に信仰の対象が向いてるヤツ。例えば有名なあのカルトとか、最近ではあそことか」
「何で? 別にそれも宗教の一形態でしょ」
「神の存在意義は信仰を集めること。信仰を集められない神はやがて廃れ、形骸化していく。それなのに人間に信仰を横取りされちゃたまったもんじゃないでしょ」
「そんなもんなの?」
「特にタチが悪いのが、信仰を集めたまま死んじゃうヤツ。そいつは死後も信仰を集め続けて、やがて神と同一化しちゃう。結局最初に奉ってた神より目立っちゃうわけよ。新約聖書とかそれでしょ?」
 いや、良く知らないけど。
「だから宮司の人には頑張ってもらいたいところだけど、如何せんさっきキミが言ったように、日本人って宗教勧誘を善しと思わないでしょ? だから宮司さんも行動を起こしづらいだろうね」
「宮司さんとしてはその辺をどう思っているのか、よく分からないけど、それほど心配するほどじゃないと思うんだけど」
「トンデモない。昔と違って日本人は神を崇めたり畏怖したりすることは少なくなったよ。このままじゃあ未来がないよ」
「んー、それでも心配するほどではないと思うんだけどなぁ」
「その根拠は?」
 根拠と言うほどでもないのだが……。
「日本人って表向きはリアリストなくせして、心の中ではどこかで神様を認めているロマンチストな一面もあると思うんだ。それに、日本人の場合は本当は無宗教者なのに、外国からは無神論者に見えるほどに宗教は身近な存在なんじゃないかと思う。手を合わせていただきます、も宗教活動の一環だし、何かあったら神頼み。それらは生活の一部になっている。そのことを知っている人は少ないんだろうけど」
 それに、自分だけがそう思っているのかも知れない。
「でもそれって、結局何か特定の神を信仰しているわけじゃないから、信仰を集められないことに対する問題解決にはなってないんだけど?」
 バレたか。
 そうなのだ。日本人の場合、八百万も神様がいる所為で一つの神様を信仰するという習慣が一般にはないに等しい。ヤハウェやアッラーフ、釈迦や仏、キリストすら一括りに『神様』だ。精々神社ならどこどこの神様、って言うくらいで、本質はどこの神様だろうとやることをやってくれるならそれでいいと思っている節がある。だからクリスマスを祝った直後に除夜の鐘を鳴らしに行ってその足で初詣という、年末年始の商戦と共に宗教カオス大戦が毎年欠かさず勃発している。
 まあしかし、それは神様側の甘えもある。
「――それに付いては企業努力しろって話ですよ。何もせずに信仰を集めようなんて、昔の神様が聞いたら憤慨するでしょうよ。あの頃と違って大きなことはできないでしょうけど、それでもやれることはあるでしょうよ」
「むぅ……企業努力ねぇ……」
 男の子はそう呟いて清酒を口にする。結構イケる口らしく、最初は酒瓶まるまるあった酒が半分もなくなっている。
「まあ、考えとくか。ありがと、結構参考になったよ」
 そう言って、男の子は展望台から姿を消した。

 夜風が涼しくなってきた頃、私は再び展望台に足を運んだ。その日もまた発泡酒を片手に持参していた。
 さて、中腹展望台に辿り着いた時、あの時男の子が姿を消した林から女の子が出てきた。女の子はそのまま逃げるように展望台から立ち去る。
 こんな時間に女の子が一人でこんなところに、しかも林の中に何の用事だ? そう思って、私はその林の中に潜り込んでいく。
 しばらく歩くと、小さな社が目に付いた。そこには中身が半分以下になった清酒の酒瓶が供えられており、一緒に真新しいコンビニの団子が置かれていた。
 ふむ。少し考えて私も手を合わせる。持ってきたのが一本二百円以下の安い発泡酒なのが申し訳ないが、許して欲しいところだ。
 ――後で聞いた話だが、最近この社にお参りしたら、好きな人とお近付きに成れたとか、告白が成功したとか、そういう話をよく聞くようになった。今のところ私にはそういったご利益はないのだが、一体それはどういうことなのだろうかと、あのヘッドフォンをつけた小僧に問い質したい所である。

作品名:掌編集【Silver Bullet】 作家名:最中の中