掌編集【Silver Bullet】
Mは一旦別れ、その後私たちが帰る頃には既に部屋にいた。暇そうにお茶を啜りながら私のパソコンを勝手に弄っていた。
合鍵を渡したのは自分だが、こうもくつろがれると何というか、腹が立つ。
さわっちの方もどうやら暇らしく、長居するようだ。
……そう、この空気は、アパートに戻っても続いたのである。
この二人の剣呑な空気は、そもそも二人の性格や性質の問題だろう。こればかりはどうしようもないのか。
この二人を見比べてみると、『オカルト』への接し方が非常に似通っていて、しかし決定的に違う部分が明確で面白い。
Mは、オカルトの存在は否定しながらも、オカルトそのものを肯定している。そして、何よりオカルトを愛している。
さわっちの場合はどうだろうか。多分オカルトというものをMよりも身近に、当然のものとして受け入れている節がある。
どちらもオカルトを自らの性質の一つとして取り入れているが、その姿勢、捉え方がまったく違う。彼らはそれこそ火と油。さわっちはオカルトへの真摯な態度は油のそれで、Mはオカルトをより面白く脚色する火だ。そりゃあ、この二つが合わさったら激しく燃え上がるだろう。
「……」
「……」
いや、これは冷戦の類か。まあ、火種と火薬は揃っているのでいつ爆発してもおかしくない。そういう意味でも冷戦とそう変わらない。
私はこの二人を置いて、部屋を出る。どうせ夜までいるのだろう、食料の買出しと酒の補充をする為に近場のスーパーを目指す。すぐ近くなので、携帯もいらない。
夜のなって急に冷え込んだ。お天気お姉さんによると、今夜は強い風が吹くとのことだ。今のところそんな兆候はないが、そのうち風が吹き始めるだろう。
その道中、子供が一人山道へと歩いていくのを目にする。
――こんな時間に、子供が山に行くなんて。一つ注意しようかと思い、その子供を追いかける。
しかし、追い掛けど追い掛けど、子供に追い付ける気がしない。いつの間にかその子供の姿も見失い、暗い夜の山道に取り残された。
ふと思い出す。子喰らい地蔵の話を。
その昔、この辺には有名なお地蔵様がいたという。というのも、この山は昔子供を拐かして食べてしまうという鬼がいたという。その鬼を払い、その魂を供養したの石碑がどこかにあり、それらを見張っているのが件の子喰らい地蔵だという。地蔵というのは子供の守護神と言われ、子供を喰らう鬼を見張る為に地蔵が置かれたのは納得できる話だ。
しかし、話はこれで終わらない。その地蔵はある日、子供の悪戯によって壊されてしまう。そしてその後日、その子供が遺体となって発見される。地蔵のすぐ目の前、その様相はまるで地蔵が子供を喰らっているように見えたという。それが元となり、子供の守護神であるのに子供を喰らう地蔵という怪談ができあがったという。
子供を見失ったのは、その子喰らい地蔵があったとされる場所だった。
寒気が走る。何を怖がっている、その噂だって、Mの調査によるものじゃないか。信憑性もあったものじゃないだろう。それに、そのMだって言っていた。子喰らい地蔵の怪談は、子供が地蔵に悪戯しないように多少脚色されているものだって。
しかし、膝は笑っている。私の怯え姿が余程おかしいらしい。
「ははっ! ここ、何かあるみた、い……」
山の中にそれる道が目の前にその大口を開いていた。その脇には『何か』モノが置いてあったらしき石の定礎。どうやらここには地蔵とか、そういった何かがあった跡が見受けられる。
その古道へと、足を踏み入れる。石が敷き詰められているものの、道は荒れ放題で誰も足を踏み入れていないことが分かる。しばらく歩くと、祠が目に入る。神社なのかもしれない。一見すると荒れ放題の小屋だが、注連縄など神道の意匠がそこらに見かけられる。
祠の戸は開いていた。戸はきぃきぃと小さな風で揺れている。しかも、この周辺、なんか異様な臭いがする。鉄というか、生き物の臭いというか、そんな不快な臭いが。
中途半端に開いた戸に手を掛ける。なんて自殺行為。大体この後の展開は分かっている。見ては不味いものを見てしまって、私は死ぬ。サスペンスやミステリ、そしてホラーの常道といえばこんな所か。そんなことも分かっていながら、私はその戸を開く。
――赤い。夜闇の中でもそれは、月に照らされ猶赤い。真っ赤な塗料を撒き散らした部屋の祭壇にはお地蔵様が一柱、御口を赤くして鎮座していた。
地獄絵図のようだ。私が見聞きした中でも最低最悪の光景だ。両手指では足りない程の数の子供の躯と、そしてそれに囲まれる子喰らい地蔵。その子喰らい地蔵の前には両手両足の足りない子供が一人、イケニエとして捧げられていた。
「だ、れ?」
息が、ある? こんな状況で? どうして息をしているんだ?
「先を見てごらん、ロープで縛ってあるんだ。失血死してしまわないようにね、ぎゅぅって縛るんだ」
男の声に振り向く。見知らぬ男だ。
「痛みでショック死してしまわないように大量のモルヒネを使うんだ。これが中々金が掛かってしまったねぇ。さっさと解禁してくれれば少しは安くなるのに」
男はこちらへとゆっくり近付いてくる。ヤバイというのに、足が動かない。パニクって何をすればいいのか分からないっ!
「ここに越してきたのは最近でねぇ、いいところを見つけたと思ったんだけどな。こんなに早く見つかるなんて。やっぱり心霊スポットの類はダメか」
男は哂いながら私を祠の中に追い込んで行く。
「まあ、見つかっちゃったのは仕方ないし、ここは運が悪かったと思ってさ」
にたぁっと哂う男。
こりゃやばい。間違えなくバッドエンドだ。複線を一つ一つ丁寧に踏んで行ったのだから、この結果は当然だ。財布しか持たずに家を出て、道中見かけた子供を追っていって、入らなくていい山の中に入っていって、そして開けなくて良い戸を開いてしまった。そりゃぁバッドエンド以外にありえない。何か一つでも違えれば、この結果はなかったのに。
「んー、まあ。諦めるのは君の勝手だけどね」
――ふと、聞き覚えのある声が聞こえる。
「なんていうか、第六感って言うの? そんな感じの何かがヤバイって言うからさ、ちょっと後をつけて見たらこんな状況。全く君は面白いね」
さわっちだった。
「しかしまあ、お前さん。酷いことするな。お地蔵様になんて化粧してんだよ。祟られても知らんぞ」
Mもいた。畜生、何かっこつけるように立ってんだよ、あの男っ! 唐突に腹が立ってきた。
「――っちぃ! 近付くんじゃねぇっ! こっちには武器があるんだよっ! どういうことか分かるよなぁあっ!」
そう言ってナイフを取り出す男。
「唐突に小物になったな、お前。ダメだろ、シリアルキラーとかサイコパスだかが保身考えちゃ」
「人質を使って恫喝するのは大体小物の仕事だからね」
ちょ、ま、何挑発してんのさお前らっ! 確かに私もちょっと小物臭がするな、とか思ったけど、こっちはタマ握られてんだよっ!
「まあ、お前さんが小物かどうかはさておき、仮にもここは神域なんだよね。それをそーいうので汚されるのはちょっと困るんだよねぇ」
そう言って、さわっちは一歩踏み出す。
作品名:掌編集【Silver Bullet】 作家名:最中の中