掌編集【Silver Bullet】
「それはな、神隠しとか狐憑きのように、人間以外に原因を求めることで集団を維持しようとする人間の弱さの現われだから、仕方のないことなんだよ」
Mは言う。――その昔、人は人の常識を逸脱した外道の行いを、悪魔や妖怪の類の人以外の『何か』の行いとすることで自分らとそれらに大きな線引きをした。そうすることにより、集団の中に起こる不和を別のモノに押し付けて集団を維持したのだ。それは現代でも同じで、だがそれは明確に形を変えている。
違う人間という扱い。神や悪魔、狐憑きという表現の代わりに、人は精神疾患や人間性という言葉で人を排他する。だが、その本質は昔から変わってない。彼らは私達とは明確に違う人間で、自分はあんな風にならない。そう自分に言い聞かせて人は人間として生きてゆく。そうしなければ生きてゆけない脆弱な生き物なのだ、人間とは。
しかし、忘れることなかれ、人は脳の構造一つ違えば簡単に人から逸脱して鬼畜という神へと成り果てる。そのことを理解しているかしていないか、それだけでも、もしもの時に人の中で生きていけるか否かの分かれ目になる。
「そんなの、人間の勝手だろ。責任を押し付けられる神とか妖怪は堪ったもんじゃないだろうね」
まあ、確かに神様とか妖怪とかいるのなら、冤罪を叫びたくなるのも分からないでもない。
「神とか妖怪がいるとして、それらが神隠しを起こさないという理由は?」
Mはいやらしさ三割り増し(当社比)の口調でさわっちに質問する。
「今も昔も、神隠しは人の手によってのみ起こる現象だよ。神の類が人間なんかを攫う必要はないし、人を喰らう神や妖怪なんて、大概は祓われてしまうものだからね。現代において、この世で一番多い生き物は人間だ。それに逆らおうなんて、少しは脳みそのある生き物だったら考えないよ」
それも道理か。そうじゃなきゃ、今頃三種の神器は二種ほどになっているか、猟友会は鹿や熊以外に妖怪を撃っているところだろう。
「……おい」
Mが私にだけ聞こえるように声を掛けてくる。囁き声でかつ耳元なのが気持ち悪い。
「……何さ」
「何このイタい奴。宗教関係者?」
「知らないよ……勤め先の本社は島根らしい」
Mも大概痛々しい類の人種なんじゃないかと思う。
彼は神様とか妖怪とか幽霊とかそーいうのを弄ったりして遊ぶのが好きだが、さわっちの場合はそれらと真剣に向き合っているように感じられる。なるほど、この二人は水と油、というよりは火と油のような関係なのか。先ほどからのこのピリピリとした感覚はこれだったのか。そりゃあ、相性は悪いだろう。
イライラとした顔でこちらを見るさわっちを見て、「これは不味い」と思う。どうにか話題を別に向けられないだろうか。
そうやってヤキモキしている間に次の電気店に到着してしまう。
ヒーターを選んでいる間も、二人の間の空気は悪いままだ。この空気を味わい続けるのは嫌だが、正直これをどうにかできる方法は思いつかないし、何よりめんどくさい。
最安値を割り出して、買う店も決まった。後はその店までとんぼ返りしてヒーターを買うだけだ。
「ところで、何で付いてきてんの、君?」
さわっちはMに話しかける。明らかに邪険な雰囲気を滲ませている。
「街で偶然であった友人に付いていくのが不自然か?」
こっちもこっちで微妙に棘が見え隠れする受け答えだ。
なんなんだよっ! 一体何が原因でこの二人はこんなに剣呑な空気になってんだよっ!
――この空気は、アパートに戻っても続いた。
作品名:掌編集【Silver Bullet】 作家名:最中の中