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掌編集【Silver Bullet】

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「めんどくさいのよ、お上のご機嫌伺いとか。上司の命令はゼッタイだからね」
 社会人って、大変なんだな。
「まあ、普段は地元ではノンビリやれる分、まだマシさ。ところで、なんであっちこっち電気屋を回ってんの?」
 こいつは……家電製品の買い方も知らないのか。
「色んな店に行って価格を見ておかないと。同じものでも結構差があるんだよ」
 主に一日から一週間分ほどの食費ほどに。
「ふーん、難儀なことして生きるもんだね」
「貧乏金無し暇も無し、だよ」
 というよりは、お金を別のことに使いたいのでケチれるところではケチるというのが真実か。
 軽い昼食を済ませて、次の店に向かう時だった。ふと、女の子たちの会話が耳に入る。
 ――夢遊病者の散歩って知ってる?
 ――いいえ。
 そんな季節外れの怪談話だった。
「夢遊病者の散歩、最近増えた都市伝説だな」
「だからその都市伝説に付いての話を聞かせろと何度言えば分かるんだ、ミt――ってうわぁぁっ!」
 Mだった。いや、どっから沸いてきたんだ、この男。
「俺としては、アレは都市伝説にはカウントしたくないんだけどね。個人的には子喰らい地蔵なんかがオススメ」
「お前の意見なんて聞いてねぇっ! というかどっから付けて来た!」
 というか地蔵なのに子供を食べるってどういうことだよ。
「そんなことよりも、この人ダレ?」
「たまに思うんだけどお前ってこっちの話聞いてないよなっ!」
 ――まあ、いい。
 いずれにせよ、紹介は必要だろう。さわっちもぽかんとした顔をしているし。
「えーっと、酒飲み友達(多分)のさわっち。この安っぽい男は悪友の類」
「へぇ、俺以外に友達っていたんだ」
「喧嘩売ってんのかコラ」
 少なくとも私はお前より性格は破綻してないぞ、Mよ。
 因みに私には飲み友達は結構な数いる。Mに関しては、下戸で酒嫌いなので酒席を共にすることは少ない。
「ふーん、友達ねぇ。僕にはそういうカンケイには見えなかったけど……」
「さわっち、それどーいう意味で言ってるの?」
 なんか、空気がピリピリしてる。何が起こっているんだ?
「まあ、いいや。今日はこんなところまで、何要さね?」
「ん、ああ。部屋のヒーターがご臨終なさったので新しい方を雇おうかと」
「ああ、あの埃だらけの奴ね。遂に焼ききれたか」
 こいつもそんなことを言うか。
「で、そーいうお前は何でこんなとこまで来てんのさ」
「色々と使いっぱしり。知り合いから買い物を頼まれてね」
 そう言って、Mは愛車の軽を指差す。その後部座席には紙袋が三つほど載せられていた。
「あとは、ちょっと趣味で色々調べ物をね」
 ちょっとうんざりした。こいつの趣味といったら、大体悪趣味だ。聞いて後悔するような後味の悪い話を大量に収集しては考察するという趣味の悪い趣味を彼は有している。
 今回もその類に漏れなかったようだ。
「下沢の神隠しって知ってる?」
「何、あいつ、遂に雲隠れしたの?」
「そっちの下沢じゃねぇよ」
 分かってて言った。
 この街の南部は下沢という地名であり、この街の下沢さんはその下沢町の元となった村落にご先祖様を持つ。件の下沢君のご先祖様も、この下沢出身なのだろう。
 その下沢町も、開港と共に大きく様変わりした。特に発展したのが明治から大正に掛けて。丁度石炭が主要な燃料として活躍した時期だ。それ以降も少しずつ街は成長して行き、古い建物と新しい建物が混在する奇妙な街へと成長した。
 その土地柄の所為かどうかは分からないが、この街は『下沢の神隠し』のような都市伝説が絶えない。「今更神隠しなんて、くだらないね」
 さわっちが毒吐く。
「まあ、色々変な話も聞くし、ここ数ヶ月の兆候も面白いと思う」
 さわっちのボヤキを聞こえなかったように振舞うM。こっちとしては、どちらの話題に乗ればいいのか困るところだ。
 ――しかし、Mの言うとおりここ数ヶ月の都市伝説の増え方も尋常ではない。雨女から始まり、夏の怪物、妖怪の薬屋、夢遊病者の散歩……etc、etc。地域ネタを集めたBBSのアクセス数、レス数も鰻登りだ。
 無論、それは学生が多い街であるが故の特性とも言えるかも知れない。しかし、数年この街に住んでいた私にとっては、ここ一年間の怪談・都市伝説の急増には違和感を覚える程だった。
 ……まあ、ここ数年ナリを潜めていた怪談ブームが局地的に現われた、というのが真実なのだろう。妖怪の薬屋とか夏の怪物とかには心当たりがあるのでさておき、夢遊病者の散歩なんてそれがどういう怪談なのか一見意味がわからない辺り、もうなんでも怖い話にしてしまおうという魂胆が目に見えている。
 一度だけ、夢遊病者の散歩という怪談がどのようなものかMに質問したのだが、妙な物知り顔でこちらをじぃっと見つめてきた。私の顔に何か付いていたのだろうか。今でもその真意は測りかねている。
 私達は裏路地を通り抜け、駅前への最短ルートを目指す。何故かMも付いて来て、さわっちの無言の圧力をモノともせずにいつものように怪談ウンチクを垂れ流す。毎度のことながら、本当に空気の読めない男だ。
 この裏路地は急ピッチで開発が進められた表通りとは違い、昭和頃の建物を多く残している。また、学生などの若者が多く住む町であり、ぼろぼろのコンクリートビルにはそこかしこに落書きがあって、廃墟一歩手前の様相を呈している。物騒なのは当然なので普段なら歩こうと思わないが、今回は同行人がいるで気にせずに進んでいく。
 裏通り、表通りを交互に行き来して次の店を目指す。その道中、必死な形相でチラシを配るおばさんがいた。
「最近、この街はなんかきな臭くなったよ。心成しか、血の臭いまでするような気がする」
 そうさわっちが呟いたのは、そのおばさんからチラシを受け取った時だった。
 チラシにはこう書かれていた。『子供、探しています』と。
「下沢の神隠しか」
 Mの一言に、さわっちは顔をしかめた。
「そういえば、今年の夏前にも似たような話聞いたな」
「雨女事件だな」
 あの事件も確か子供の失踪に端を発した事件だった。女が雨の日に街を歩き回るという都市伝説。あの事件は苦い結末を終えてしまった為、今でも雨の日は心成しか憂鬱になってしまう。
 あの雨の日のことを思い出しながら、次の店に入る。
「今年に入って三件目だ。去年以降も合わせたら十件はくだらない」
「そんなになるの?」
 それは知らなかった。結構な数、子供が消えているのか。
「神隠し、ねぇ……」
 世が世なら、祭でも開かれていたところだ。
 その店のヒーターの値段をチェックして、この辺で一番安い店を割り出すと、私たちはその店へととんぼ返りする。
「神隠しって呼び方、なんか嫌いなんだよね。無責任な感じがして」
 道中、さわっちはぼやく。
 気持ちは分からなくもない。人がいなくなるという現象の責任を神様に押し付けるという人間のエゴを本質に持つその怪談、そして彼の言う無責任さが許せないのだろう。
 失踪、誘拐――神隠し。人が忽然と消えるというのは、人の仕業それ以外にありえない。
作品名:掌編集【Silver Bullet】 作家名:最中の中