掌編集【Silver Bullet】
「いやぁ、久しぶりだね」
そう言って、男の子は部屋の中に上がってきた。一体どうやって私の部屋を突き止めたのだろうか。
「この前、この部屋に入っていくのを見てさ」
ちょっと寒気がした。
男の子は背広を着ており、紙袋を持参していた。この背広がまた似合ってなくて、違和感が凄く強い。
「で、今日は何なの? 朝っぱらから酒盛りするつもりはないよ」
「いやいや、お酒だけが大人のお付き合いじゃないでしょ。今日はお土産を持ってきてさ」
そう言って、男の子は紙袋の中を広げ始めた。
「お土産って、どこ行ってたのさ」
「ああ、島根だよ。出張でさ、この前お世話になったからと思って」
お世話って、そんなに大したことはした覚えがないぞ。
「えーっと、これが彩雲堂の若草って和菓子。あっちじゃ結構有名何処らしいよ。で、これが片句わかめ。ちょっと炙って食べると良い感じ。あとは、お守りかな」
そう言って、次々とお土産を並べていく。
いや、ちょっと、ここまでのことをした覚えはないんだけどなぁ。
「君とはこれから懇意にさせてもらおうかな、って思ってさ。ほら、酒を一緒に飲むってことはそーいうことだろ?」
いや、会って二度目なんだけどなぁ。
「というか島根というよりは出雲だろ、そのラインナップは。出雲行ったのだったら縁結びの糸の方が……」
男の子が持ってきたのは大雑把に言って魔よけの類だった。出雲大社のお守りと言えば、縁結びの糸だろう。
縁結びで思い出した。一つ、この小僧に言っておかなくちゃいけないことがあった。
「おい小僧。あそこの社、聞くところによるとどうやら縁結びの神様とか何とか。この前お参りに行ったのに、これといって何もないんだがどーいうことさ」
今のところフラグ一つ立ってない。立ったのは廃墟系サークルの子と出合えたMの方が先だった。しかもあいつ、お参りすらしていないのにだ。
「さあ? なんというか、お供え物が一本二百円以下の発泡酒だったからじゃないの?」
そう言って、眼を逸らす男の子。こいつ、他に思い当たる節がありやがるな。しかも私には言えない理由が。
「横にあったのはコンビニの団子だったぞ。あっちもそんなに値段は変わらない」
「じゃあ、お目当ての相手がいなかったんじゃないの? 縁結びと出会いは違うよ。あそこは点と点を繋ぐのが仕事。点をどっかの点と繋げるのはお門違いなんじゃないかな」
そう言われると、ぐうの音も出ない。
まあ、こいつを問い詰めても仕方がない。大人しく引き下がる。
私は朝の情報番組を見ながら、朝食の準備を始める。
「あんた、ご飯は?」
早朝に来宅するという非常識な客に対して、そう呼びかける。
「作ってくれるの? だったらお願いしますよ」
まあ、一人分も二人分も変わらない。流石に三人分となると、家計の問題となってくるが。
味噌汁のダシを鰹節から取りながら、昨日の残りの秋刀魚を二つに割って焼く。そうなると一人当たりの量が少なくなるので、おつまみとして買っておいたイワシを朝食に回す。豆腐が丁度二人前ぐらいあるので、冷奴も採用。
味噌汁の具には、ほうれん草とゴボウ、油揚げを採用。後は米だが、これに関しては昨日の残りがまだまだ残っているので問題ない。
食卓に並ぶ頃には、良い按配の時間だった。
「「いただきます」」
そう言って、二人して箸を取る。
「それにしても、手際良いねぇ、見た目によらず」
「見た目とか言うな。結構気にしてんだから」
だからと言って、格好付けるのも何か嫌だ。なんというか、しょうに合わないし、お金もない。
「勿体無いなぁ。しっかりとした格好をすれば良い感じなのに。多分入れ食いだよ」
男の子は心にもないといった表情で言った。
「で、今日は何か用事があんの? お酒は飲まないって言ってたよね?」
男の子は秋刀魚を割りながらそう問い掛けてくる。
「いやさ、寒くなってきたらそろそろ暖房器具の用意をば」
「君、この部屋に住み始めてかなり立ってるだろうに。暖房器具一つないって、どういうこと?」
男の子は少し前までカレンダーが張ってあった壁を見て言った。そこだけ日焼けで色が変わってしまっているのだ。
「去年まで頑張ってらした電気ヒーターさんが、昨夜ご臨終なされました」
そう言って、私は台所の隅に置かれているヒーターを箸で指す。長年使い込まれて電熱線の部分が焦げた埃で真っ黒になっている。
「それって埃被ったまま電源を入れたから、電熱線が燃え切れたんじゃ……」
う、うるせぇっ!
「というわけで、電気ヒーターさんに代わる暖房器具をと考えて、買いに行くのですよ。というか、いい加減電気ヒーターを入れたらブレーカーがいっぱいいっぱいになるのはちょっと……」
「石油ヒーターにしときなよ」
「このアパートな、石油ヒーターは禁止なのよ。ちょっとしたことで火事になりかねないから」
「……確かに、盛大に燃えそうだ」
このアパートに住む住人は、日夜放火犯を警戒している。
「まあ、だからこそ月云万を切るっていう激安価格な訳ですけれど」
おまけにブレーカーの設定電力は低め、エアコン無し、木造築云十年でカセットコンロ以上の火気は厳禁、そして隙間風と、冬場はベリーハードを通り越してルナティックモードに突入するアパートであるから、その値段設定は妥当と言えば妥当。
だからといって、冬場の苦行を受け入れるほどに私は自分に厳しくはない。故に、何か暖房器具を買おうかと思っているのだ。
「それに、ここ数年の電子暖房器具はそれなりに消費電力が抑え目らしいから、今回も電子暖房器具にしようかと思っているんだよ」
「言うほどなのか? 大して変わらない気がするんだけど」
「まあ、気休めってのは否めないね。いっそエアコンとか買えたらいいんだけど、そんなお金はありませんっ!」
今回の予算は二万。最大限でも三万を目指すつもり。因みに一万増資して三万まで出したとしたら、来月の給料日まで極貧生活を送ることになる。
さて、そろそろ出かける時間だ。
そう思って、私は上着代わりのパーカーに袖を通す。
「僕も付き合っていいかな?」
そういって、男の子はチョコチョコと付いてくる。まあ、いいだろう。
「ところで、君、名前は?」
そういえば、さっきから『男の子』と記述しているが、そろそろ限界だ。それに、名前も知らない奴に住所を知られているのは、相手に害意がないとはいえ気持ちが悪い。
「あー、友達からはさわっちって呼ばれているよ」
「……さわっちねぇ」
本名を言いやがれ。
まあ、いい。Mほどではないが、私にだって本名を知らない奴との付き合いは結構多い。ネットが登場する以前の世代が聞いたらたまげるような話だろうが、最近の若者には珍しくない付き合いだ。
そういって、今日の私と『男の子』改め『さわっち』の買い物は始まったわけである。
「そっか、十月中はずっと島根だったんだ」
「そうそう。本社が島根にあってね、正社員は十月中、本社通勤になるんだ」
社会人ってそんなもんなのか。会社によってそれぞれの社風があるわけで、彼の会社はそういう社風なのだろう。
作品名:掌編集【Silver Bullet】 作家名:最中の中