魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
三発、四発と躱したが、五発目は思わぬところから飛んできた。
四発目が落ちた地面だ!
「くッ!」
脇腹を抉った土弾。
前や後ろならば、喰らったあとにバランスを立て直せたかもしれない。だが、逃げる途中、片足をあげていたときに喰らった横の攻撃は、いとも簡単にトッシュの躰を倒したのだ。
立ち上がる動作は完全な隙だ。
トッシュは倒れると同時に、自らの意志で多く地面を回転した。立ち上がらず別の動作をしたのだ。
回転の最中、追撃の一弾を躱し、次が来る前に〈レッドドラゴン〉の引き金を引いた。
虚しく弾は土塊を貫通しただけだった。
それでもいい、零コンマ何秒でも相手に隙を作り、そこに岐路を見いだす。傷を与えるだけが攻撃ではない。
トッシュは笑った。
笑いかけられたのはアレンだった。
二人の距離はほんの目と鼻の先。土弾の餌食になるのは二人だった。
「この糞野郎、俺も巻き込む気か!」
アレンが叫んだ。
「たまたま逃げた先がここだっただけだ」
トッシュは動揺ひとつ出さずにそう言った。だが、その笑みがアレンの言葉を裏付けていた。
魔導銃〈グングニール〉をやむなく抜いたアレン。
「あんたを殺すか」
銃口がトッシュに向けられた。
さらにアレンは続ける。
「向こうを殺すか」
トッシュを殺せば敵の目的は達成される。敵を殺せば敵自体がいなくなり襲ってこない。
〈グングニール〉の銃口はトッシュから外れない。
土弾が連発された。
流れ弾はアレンにも当たるだろう。
〈グングニール〉の引き金が引かれ、雷鳴が鳴り響いた。
幾重にも枝分かれしていく稲妻が土弾を貫通して翔け巡る。
伝導率が低い土塊に効果があるのか?
そもそも、電流という攻撃は無機物にどれほどまでの効果があるのか?
「グギョォォオオオオッ!!」
土鬼の絶叫が響いた。
地に落ちた土弾。
トッシュがすぐに気がついた。
「火花か?」
稲妻を喰らった土弾から火花が出ている。
ただの土塊ではなかったのか?
「ナノマシンじゃよ」
老婆の声。
アレンの真後ろに妖婆リリスが立っていた。
そして、消えていた家が蜃気楼のように揺れながら見えていた。
「わしの家に電流を当ておって、ど阿呆!」
リリスが平手打ちを放った。
軽い音を鳴らして頭を叩かれたアレン。
「いってーな。あんたの家のことなんて知るかよ」
おぼろげに見えるリリスの家。おそらくアレンの撃った〈グングニール〉の電流によって、なんらかの支障をきたしたのだろう。
支障をきたしたのはリリスの家だけではなかった。
「ガガガ……グガガ……ヨクモ……コロシテヤル」
土鬼もショートしていた。
大量の砂煙が舞い上がった。
土弾の雨。
無差別攻撃だ!
トッシュだけではない、アレンも、セレンまでも、そしてリリスにも襲い来る土弾。
この場の全員を敵に回した土鬼は愚かだろう。とくにリリスに手を出すべきではなかった。
「核はそこかい?」
妖しく輝いたリリスの瞳。
砂にまみれて一つだけ、拳ほどの石があった。見た目ではただの石だ。
リリスの手のひらでバチバチっと音がした。
稲妻がリリスの手から放たれる寸前!
巨大な炎の壁が視界を遮った。
「こなたの勝負、お待ちくんなまし!」
炎を手に宿しながら現れた花魁姿の火鬼だった。
視界を遮っていた炎が消され、火鬼は懐から壺を取り出した。
「土鬼、返事しな!」
「ナンダ! オラハコイツラヲミナゴロシニ……オオオオ、シマッタ!」
大量の砂が渦を巻きながら壺の中へ吸いこまれていく。おろらく土鬼だ。土鬼が壺の中に吸いこまれているのだ。
おそらくすべてを吸い込み終わったのだろう。火鬼は壺にふたをした。それにしても、吸いこんだ量は壺よりも多く、いったいどこに消えたのか?
「失礼しんした。莫迦が勝手な真似をしてしまって、わちきはその尻ぬぐいに来たでありんす」
土鬼を封じ込めたが、その言動からアレンたちはこの者を敵の仲間だと察した。
トッシュはすでに銃口を火鬼に向けていた。
艶やかに笑う火鬼。
「おっかない武器は下げてくんなまし。わちきは無駄な仕事はしない質、死合いは次でも宜しいでありんしょう?」」
「そうだな。俺様も、降りかかってきていない火の粉まで、振り払うほど暇じゃあない」
「では、近いうちに……」
火鬼は燃えさかる車輪のついた人力車にひょいと飛び乗った。車を引くのは此の世のもの思えない、牛の頭に人間の躰をした者と、馬の頭に人間の躰をした牛頭馬頭[ゴズメズ]だった。
火の粉を散らしながら人力車が空を駆けて遠くへ消える。
セレンは恐ろしくてたまらなかった。
「今の人たち……頭が動物……でしたよね?」
おぞましい化け物だった。牛や馬が二足歩行をしていたわけではない。腰布だけを巻いたあの躰は筋骨隆々な男のものだった。
リリスが静かに言う。
「キメラじゃよ」
「キメラ?」
セレンが聞き返した。
「そう、キメラじゃ。人工的に作られた怪物じゃよ。太古の昔から人間は恐ろしい怪物を想像するとき、人間とほかの動物を掛け合わせたり、動物同士を掛け合わせた。ゼロから生物を生み出す想像力がなかったのか、身近なものだからこそ恐ろしさや神秘性があるのか、もしかしたらつくることができることを知っておったのか……」
「じゃあ……今の怪物はだれかがつくったものものなんですか?」
「既存の生物が掛け合った存在が自然に発生すると思うか?」
「そんな……ひどい、神への冒涜です」
「神が人間をつくったことは自然への冒涜ではないのかえ?」
リリスは不気味に笑った。
そして言葉を続けた。
「わしは神など信じておらん。もしこの星の生態系に干渉した存在がおったとしても、それは自然を超越した存在でもなければ、唯一神などではない。人間よりも高い文明を持っていたということじゃろう。?失われし科学技術?もおぬしらから見れば、神の所業じゃろう?」
「?失われし科学技術?はその仕組みもわからないし、不思議なものだと思います。でも神はそういうものじゃないんです、わたしは神を信じてますから」
「腐った世界でもシスターはシスターか。いや、こんな世界だからこそ神が蔓延るのか」
リリスは家に帰っていく。
すでに帰ろうとしていたトッシュだったが、ジープを見た途端、宙を仰いで頭を掻いた。
打撃によって潰されたジープ。エンジンが破壊され、タイヤはすべてパンクしており、運転席にはドアが食い込んでいる。
「ったく、どこの莫迦だよ?」
アレンが横に来て言う。
「さっきの砂男だろ?」
「んなことわかってる。どうやって帰ればいいんだ?」
「あんたのほうが莫迦だろ?」
「んだと?」
「砂男はどうやって来たんだよ?」
普通に考えれば土鬼も帰る手立てがあった筈だ。
トッシュは辺りを見回した。
「なにもないが、どうやって来たんだろうな?」
「えっ、マジ!? なにもねーの?」
慌ててアレンも辺りを見回した。
――乗り物なんてなかった。
乗ってきた乗り物はいったん引き上げたという可能性。砂漠の真ん中で、時間や燃料のことを考えれば、非効率的だと言える。
アレンは閃いた。
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)