魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
火花を散らす二人の間に決死の覚悟でセレンが入った。
「まあまあ二人とも落ち着いてください。まずはフローラさんに直接会って、アレンさんがお礼を言えばいいんじゃないですか?」
トッシュも頷いた。
「そうだな、もう用も済んだ。アジトに戻るついでにおまえも来い」
「俺がなんで行かなきゃなんねえんだよ」
また言い合いが加速する前に、セレンがアレンをなだめようとした。
「トッシュさんに言われたから行くんじゃなくて、アレンさんがフローラさんに会いに行くために行くんです。わかりましたよね、アレンさん? フローラさんは命の恩人なんですよ?」
「わかったよ、行けばいんだろ。姉ちゃん、あんたにもそのうち借りを返すから、用があったら呼んでくれよな」
顔を向けられたリリスは破顔した。
「わしのはただの気まぐれじゃ、恩を感じる必要はないよ。どうして借りを返したいというのなら、そのシスターに感謝するんだね」
言われたアレンはセレンを一瞥してすぐに顔を背けた。
トッシュはさっそく帰る準備をはじめた。
それを見たアレンは嫌そうな顔をした。
「もう帰るのかよ? 俺腹減ってんだけど」
リリスが笑った。
「躰を直してもらって飯の催促かい?」
「俺の楽しみは寝ることと喰うことなんだよ。躰を直したついでに飯の借りもツケといてくれよ。なあセレン、あんたも疲れた顔してんだから休みたいだろ?」
そんな顔をしているのは、すべてアレンのせいだ。アレンもそれくらいわかっている。
「でも……」
口ごもるセレンにリリスは声をかける。
「たまの客人じゃ、もてなしてやるよ」
リリスもわかっていた。
髪をかき上げたトッシュがつぶやく。
「不器用な奴だな」
すぐにアレンが睨んできた。図星だったのだ。
そして、セレンは鈍感だった。
「でもリリスさんにこれ以上ご迷惑をかけるのは……」
ここから先はアレンが強引に押し切る。
「もてなしてくれるって言ってるんだからいいだろ。俺は飯を喰いたい、あんたは休みたい」
「休みたいなんて言ってませんけど」
「顔に書いてあんだよ。トッシュからもなんか言ってやれよ」
「俺様は帰りたい。アジトでフローラが待ってるからな」
「こ、の、や、ろぉ〜っ!」
どこかで〈歯車〉の鳴る音がした。
アレンが床を蹴り上げようとした瞬間、その前にリリスが立ちはだかった。
「やめんかど阿呆!」
それはただのデコピンに見えた。だが、リリスのそれを喰らったアレンは、二メートルは吹っ飛んだのだ。
「いってーな、糞婆!」
「ほう、知っていてわしを?婆?と罵るか?」
いつにリリスまで敵に回してしまった。
「わしの家から出て行け!」
窓が独りでに開き、アレンの躰が浮いたと思うと外に放り出された。
慌ててセレンはドアから外に出た。
トッシュは普通に家をお邪魔した。
そして、家は消えたのだ。
蛙のように倒れていたアレンが顔を上げた。
その先にあった巨大な人影。
「おめえら、どこ消えてた?」
外でアレンたちを待っていたのはジープだけではなかったのだ。
《5》
「おら待ちわびた。おめえらが消えちまったもんだから、ここでずっと待ってたんだ」
土気色の肌の巨漢――土鬼だった。
立っているその全長は兄であった金鬼を凌ぎ、五メートル近くはあるだろう。目の前に立つアレンが小人のようだ。
「とりあえず俺の知り合いじゃないけど?」
そう言ってアレンはセレンを通り越してトッシュに顔を向けた。
「俺様の知り合いでもない」
トッシュは残ったセレンを見た。
「わ、わたしも知りませんよ!」
三人とも初対面なので当たり前だろう。
土鬼の目的は――。
「トッシュはどいつだ?」
すかさずアレンはトッシュを指差した。厄介事には巻き込まれたくないということだ。
トッシュが前に出た。
「俺様がトッシュだが……穏やかな用事じゃなさそうだな」
「おめえを殺しに来た」
すっかり任務を忘れている。火鬼が心配したとおりだ。
「俺様を殺しに?」
「そうだ、兄者の敵だ」
「覚えがない」
と言いながらも、トッシュの脳裏に浮かんできた顔。まさしく鬼兵団の金鬼だった。よく似た兄弟だ。
トッシュは愛銃の〈レッドドラゴン〉を抜いた。
「弟のほうが実力は高そうだ!」
戦いの中で養ってきた眼はたしかだ。
ゆえに奇襲ともいうべき先制に打って出た。
ドラゴンの咆吼!
銃弾は心臓に向けて二発。その二発ともが土鬼の胸を貫いた。
土鬼が笑った。
血が噴き出ない!?
「おらは兄じゃのようにばかでねえから、業を磨いて磨いて最強にしただ」
土鬼の躰が砂のように崩れ落ちる。
一体化。
もう土鬼がどこにいるのかわからない。
声はどこからともなく響いてくる。
「死ねーッ!」
姿を消したメリットを考えれば、攻撃は死角から来るはず。
そう予想していたトッシュは度肝を抜かれた。
「正面か!」
砂が一本の大きなドリルとなって飛んできた。
トッシュは横に飛んでどうにか躱した。もし、死角からの攻撃だったら、躱すのが遅れていただろう。
また土鬼は砂と同化してどこにいるのかわからない。
大量の砂が動き出す。
手だ、人間を一掴みにできるほどの砂の手が現れた!
巨大な影がトッシュに覆い被さる。
「俺様は虫じゃないぞ!」
砂にまみれながらトッシュが跳んだ。
まるでハエ叩きのように巨大な手が砂に打ち付けられた。
何度も跳んでトッシュが逃げる。巨大な手が地面を叩きながら追ってくる。
「糞ッ、人間がどうやって土塊[ツチクレ]に変わるんだ! 俺様の知っている魔導の範疇を越えてやがる!」
〈レッドドラゴン〉が吼える。
しかし、銃弾は砂に虚しく埋もれるだけだ。
この怪物には物理的な攻撃が効かないのか?
肉体は臓器は脳はどこに消えた?
砂の一粒一粒が意志を持った生物だとでも言うのか!?
トッシュは逃げることしかできなかった。
ただ見守っているだけのアレンとトッシュの目が合った。
「助けてやってもいいけど貸しな」
「なにが助けてやるだ、おまえにならどうにかできるのかッ!」
「そんなのやってみなきゃわかんねえよ」
アレンも策があるわけではないらしい。
何も出来ずにいるセレンが必死になってアレンに訴える。
「助けてあげてください、アレンさん!」
「あんたが助けてやれよ」
「それができないから頼んでるんです!」
セレンに太刀打ちができるわけがない。敵は人智を越えている。トッシュすら一方的な苦戦を強いられているのだ。
――人智を越える。
現在の人智を越えた存在は?失われし科学技術?。
魔導と科学は突き詰めれば、同じモノに行き着く。どちらも自然の摂理に則った法則でなりたっているもの。
砂の怪人土鬼にも仕掛けがあるはずだった。人の想像を越えた技術はまるで魔法のように見える。
しかし、トッシュは逃げるのに精一杯で、反撃することも、相手の弱点を考えることもできなかった。
巨大な手から土弾[ドダン]が発射された!
トッシュは背中に一発目を受けた。今まで受けたどんなパンチよりも重く響く。
二発目は紙一重で躱した。
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)