魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
二人の会話からもわかるように、水の中を泳ぐという行為は非日常なのだ。水の乏しい地域では、それが当たり前だった。
急にトッシュがハンドルを切った。
「糞ッ!」
「きゃっ!?」
砂の中から飛び出してきたサンドマンタ。影は一つではなく五以上。小規模な群れだ。
「おいおい、なんでこっち来るんだ?」
トッシュは慌ててアクセルを踏んだ。
岩のように硬い皮膚を持ったサンダマンタの群れが向かってくる。いや、襲ってくる。
荒々しい運転で車体が弾み、セレンの身体も上下左右に大きく振られた。
「ちょっと、アレンさんが後ろで寝てるんですから!」
「知るか、シスターはこの状況がわかってるのか?」
「わかりませんよ!」
「わからないのになんで強気なんだよ。とにかく武器だ、巨大害虫用のバズーカが後ろに積んであるから取ってくれ」
助手席に乗っていたセレンは揺れる車内で後ろを向き、座席に膝を付いて後部座席に身を乗り出した。
「アレンさんしか乗ってませんけど?」
「あるはずだ、もっとちゃんと探せ!」
「ん……ううん……もぉ!」
セレンが膝を浮かせた瞬間、サンドマンタがジープの側面に激突した。
激突の振動よりも、躱そうとしたハンドル操作のために、車内が大きく揺られてセレンが振り落とされそうになってしまった!
「きゃっ!」
このときセレンはバズーカを掴んだときだった。
バズーカがセレンの手を離れた。投げられたように車外へ放り出され、砂漠の海に沈む。
この事態にトッシュは気づいていない。
「おい、バズーカはまだか?」
セレンは返事ができなかった。静かに席に座って黙り込む。
「シスター聞いてるのか? バズーカはどうしたんだ?」
「それが……落としちゃいました」
「落とした?」
「車の外に……」
「…………」
サンドマンタはまだまだ追撃をやめない。
こうなったら逃げ切るしかない。
「シスター掴まれ、放り出されたら自分を怨むんだな!」
それから必死で逃げた。
広い砂漠をどこまでも逃げた。
ようやく土砂漠まで来ると、サンドマンタはいつの間にか見えなくなっていた。さすがに固い地面では追ってこられないのだ。
一息ついたトッシュは煙草に火を点けた。
「なんでサンドマンタが……普通ジープなんて襲って来ないぞ?」
「もしかしてですけど、あの前に子供のサンドマンタを見たじゃないですか? あれと関係があったりして」
「どうだろうな、とにかく助かったんだ。このツケは別にツケとくからな」
「わたしにですか?」
「俺様は命の恩人だろう?」
「わかりました、そのうち返します」
たしかに車の運転をしてサンドマンタを振り切ったのはトッシュだ。けれど、セレンはなんだか納得いかなかった。
それからしばらく道なき道を走り続け、なにもない場所でブレーキがゆっくりと踏まれた。
「おかしいな。この辺りのはずなんだが?」
「もしかして道に迷ったなんてことありませんよね?」
「場所はこの辺りで合ってるはずなんだが……」
「そういうの迷ったって言うんじゃないんですか?」
「そうじゃないんだよ。場所はこの辺りのはずなんだ」
「トッシュさんがそう思っていても、実際にないんですから、道に迷ったって認めたらどうですか?」
セレンに責められトッシュは空を仰いだ。
車は再び走り出さない。
セレンも気晴らしにアレンの様子を見ようと、その身を後ろに向けたときだった。
「道におるのかのぉ?」
後部座席にいた妖婆リリス!?
その声を聞いて驚いたトッシュも後ろに顔を向けた。
「婆さん……いや、リリス殿。砂漠の真ん中でどうして……?」
「ここはわしの家の前じゃて」
そんなはずはない。ここには何も……リリスの家があった。忽然とリリスの家が目の前にあったのだ。前と変わらぬ姿で、昔からそこにあったと言わんばかりに建っている。
あまりの出来事にセレンは言葉を失っているが、トッシュはすぐにその現実を受け入れた。
「俺様が正しかったってことが証明されたわけだ」
トッシュが間違っていなかったのだとしたら、リリスの家はここにあったのだろう。見えなくなっていたのか、それとも別の場所から現れたのかはわからないが。
やっとセレンは気を取り直した。
「アレンさんが目を覚まさないんです、助けてください!」
言われてリリスは被されていた布を捲り、アレンの顔を見た。
「とりあえずわしの家へ運ぶのじゃ」
トッシュがアレンを担いで家の中へ。
続いてセレンが入り、最後にリリスは砂漠の向こうを〈視〉てから入り、ドアを閉めた。
家がおぼろげに消える。
その場に残されたのは一台のジープのみ。
鏡に映った?少女?の姿。
冷たい輝きを放つ金属が半身を覆っていた。
刹那に絶叫が響き渡った。
「どうしてこんな躰にしたッ!」
叫び声を上げながら飛び起きたアレンは、目の前の影に掴みかかった。
何重にも皺が波打っている老婆の顔。
「わしはおぬしを直しただけじゃ」
「これの……どこが……すまねぇ、あんたか」
夢と現実の狭間にいたアレンが意識を取り戻した。目の前にいるのが妖婆リリスだと知ったのだ。
全裸のアレンは寝かされていた台の上から飛び降りた。
「着るもんあるか?」
「おぬし好みの襤褸いローブなら用意しておる」
「気が利くな姐ちゃん」
アレンはいつのも格好に着替えると、髪の毛を掻き毟るようにしてボサボサにした。少女らしさが消え、みすぼらしい物乞いの少年ようになった。だが、その眼のは猛獣の輝きを放っている。見た目よりも、この眼の奥にあるモノが、アレンをより?少年?らしく見せているのかも知れない。
着替えを済ませて部屋を出ると、すぐにセレンと目が合った。
「アレンさん!」
心配そうな顔をして飛びついてこようとしたセレンをアレンは躱した。
「気持ち悪いから抱きつくなよ」
「だって……心配したんですから……抱きついたっていいじゃないですか」
「そのことなんだけどさ、なんで俺がここにいて、あんたらもここにいるわけ?」
まだ目を覚ましたばかりで状況が理解できない。
セレンが今までのことをアレンに聞かせた。
――数分が経ち、話を聞き終えたアレンはセレンに一言。
「あんがとな」
無愛想に言った。
「わたしはなにも……見つけただけで、助けたのはみなさんで」
アレンとセレンの間にトッシュが割って入ってきた。
「おいおい、俺様にもちゃんと礼を言え。フローラにもだ。これは大きな貸しだからな」
「はいはい」
アレンは軽くあしらった。
あからさまな態度で、聞こえるようにトッシュは舌打ちをした。
「……っ糞餓鬼。やっぱり助けるんじゃなかった」
「あんたは慈善で俺を助けたわけじゃねえんだろ。貸し借りでイーブンだろ」
「おまえが貸しを返してはじめてイーブンだ」
「わかってるつーの。で、どこに?道案内?して欲しいんだよ?」
「道案内なんておまえに頼むか! そうだ、俺様たちの手伝いをしろ。きっとフローラも賛成する筈だ、フローラに返す借りも合わせてそれがいい」
「はぁ? なんであんたが他人のことまで決めるんだよ」
「フローラもそう望むに決まってる!」
「だ〜か〜ら〜!」
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)