魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
〈黒の剣〉は隠形鬼の前で止まっていた。切っ先が震えている。真横からでは何も見えなかったが、九〇度視点を変えると底には魔法陣が宙に浮いており、それが盾となって〈黒の剣〉を受けていた。
さらに驚くべきことに切っ先を向けられ、魔法陣に守られているのはライザだった。
「なぜアタクシがここに!?」
本人すらそこにいたことを驚いた。
そして、本物の隠形鬼は平然とルオの真横に立っていた。
ルオは驚くことなく、〈黒の剣〉を鎮めて自分の元へ呼び寄せた。もう〈黒の剣〉に殺意はない。殺気は常に放っているが。
「噂通りの実力というわけか……面白い。もっと面白い物を見せるというなら、招集の件は不問にいたそう」
「今ノハホンノ余興デ御座イマス。御依頼ガアレバ何ナリト」
「ライザ、話してやれ」
「畏まりました」
返事をしたライザは鬼兵団に向けて話し出す。
「ジードというテロリスト集団はもちろん知ってるわね?」
「おら知らね」
口を挟んだ土鬼の頭を火鬼が引っぱたいた。
「あんたは莫迦なんだから黙ってな。どうぞ獅子の姐さん、話をお続けになってくんなまし」
ライザは少し調子を狂わせられながら、話を続けることにした。
「ただの小うるさい蝿かと思っていたら、ついに昨日ジードにしてやられたわ。昨日起きたシュラ帝国領での大規模停電はそいつらのせいよ」
どこからか小さな笑い声が聞こえた。笑いの主は隠形鬼だった。
「ウッフフッ、魔導炉ガ破壊サレタト言ウノハ、嘘デハナカッタト言ウ訳カ」
ライザは鋭い眼で隠形鬼を睨んだ。
「うるさい蝿がこの部屋にもいるのかしら? まあいいわ、アナタたちにはジードの壊滅、そしてリーダーと、ある男をルオ様の御前に突き出して頂戴」
ルオの眉が一瞬上がった。皇帝の知らない事柄があったらしい。
「ある男とは誰だい?」
「ジードにはある男が噛んでいることがわかったのよ……?暗黒街の一匹狼?」
その名を聞いてルオが妖しく微笑んだ。
「面白い、久しく名を聞かんと思っていたら、ジードと行動を共にしていたとはね」
急にライザはルオに背を向けて、通信機を取り出してひそひそと話しはじめた。
そして、通信が終わると再びルオに顔を向けた。
「失礼したわ、緊急の連絡だったもので。シスター・セレンが動き出したそうよ」
セレンは帝國に見張られていた。それを示唆する言葉だった。帝國がセレンの前に現れなかったのは、ずっと密かに監視していたからだったのだ。
「トッシュ、セレン、君のお気に入りの名前は挙がってこないのかな?」
ルオはライザに微笑みかけた。
「いえ、今のところは。シスター・セレンの動きに関しても、まだ未確認の情報が多いわ。伝わってきた話によると、謎の女がシスターの元に訪れた直後、教会の敷地から水柱が上がったとかなんとか。その後、しばらくして数人の男が教会を訪れ、謎の荷物を運び出し、シスターと謎の女はどこかに向かったそうで…… 水柱と荷物、謎の女、なんの関係があるのか今のところはわからないわ」
荷物はおそらくアレンだ。帝國はそれに気づいていない。
アレン、セレン、トッシュが再会し、帝國が再び動き出す。
放置されていた土鬼は胡座をかいていた。火鬼も痺れを切れして足を少しずつ崩そうとしている。
隠形鬼が口を開く。
「我々ノ話モ進メテ欲シイノダガ?」
ルオがライザに向かって顎をしゃくった。話を進めてやれという合図だ。
「依頼内容はさっき言ったとおりよ。報酬はトッシュの懸賞金も込みで三〇〇万イェンでどうかしら?」
火鬼が少女のような笑顔を見せた。
「さすがシュラ帝國、太っ腹でありんす。お頭様、お勤めはもちろんここにいる三人で、報酬も当然三人で山分けでありんすか?」
「ソレデ良カロウ」
鬼兵団が話していると、ライザは緊急の通信を再び受けていた。
ライザは楽しそうに笑っていた。
「うふふふっ、素晴らしい展開だわ。ルオ様、なんとシスター・セレンとトッシュがいっしょに町を出たそうよ。まさかシスターの行き先がトッシュの元だったとは……少しは期待していたのよ、だってシスターが関わる人物は限られているもの」
その報告を耳にして隠形鬼は仲間に尋ねる。
「サテ、とっしゅトヤラヲ誰ガ捕ラエニ行クカ。行キタイ者ハ居ルカ?」
「おらに殺らせてくれ」
土鬼が身を乗り出した。
すぐに火鬼が口を挟む。
「あんたわかってんのかい? 殺すんじゃないよ、生きたまま捕らえるんだ」
「あらをばかにするでねえ。兄じゃよりおらのほうがばかでねがった。兄じゃの敵[カタキ]だ、おらに殺らせてくれ」
「まことにわかってるのかねぇ、この木偶の坊は?」
火鬼は心配そうだが、隠形鬼はそれを認めたようだ。
「良カロウ、とっしゅハ土鬼ニ任セル。シテ、じーどノ本拠地ハ何処ダ?」
ライザが答える。
「それもアナタたちに探してもらおうと思ったけれど、もうすぐわかるかもしれないわ。すべてシスター様のお導きよ」
シスター・セレンが線となり、点を繋いで行ったのだ。
その事実を知ったとき、セレンはどう思うのだろうか?
《4》
静まり返った砂漠。
生物たちは身を潜めているのか、それともここは死の砂漠なのか。
そんな砂漠でただ一つ動いてるジープの影があった。
砂を巻き上げ走るジープの車内では、茶色に布を頭から被り、ゴーグルをつけて運転をするトッシュの姿があった。
「そう言えばさっき奴の姿を見て驚いたんだが、なんで女の格好なんてしてるんだ?」
「アレンさんのことですか?」
「そうだよ、あの尼僧服ってシスターのもんか?」
「そうです、わたしの物を着せました」
「そういやフローラも尼僧服だったよな?」
「それが……きゃっ!?」
急にハンドルが切られ、セレンの身体が大きく振られた。
ジープは止まってしまっている。
「すまねえ、いきなりサンドマンタが飛び出して来やがったんだ」
「本当だ、まだ小さい子供ですかね?」
砂の上を跳ぶように泳ぐサンドマンタが、ジープからどんどん遠ざかっていくのが見えた。
再びトッシュがアクセルを踏んだ。
「それで尼僧服を着ている理由はどうしてだ?」
「えっと、それがですね、教会の裏庭から水が噴き出してきて、それがちょっとじゃないんですよ。わたし滝って見たことなんですけど、きっとあんな感じだと思います」
「俺も滝なんて見たことないからよくわからんな」
「そのせいで泥だらけになってしまって。あっ、それだけじゃないんですよ、アレンさんがその水といっしょに出てきたんです?」
「ハァ?」
庭から水が噴き出したとか、アレンが出てきたとか、話だけではにわかに信じがたいのは当然だろう。
「『ハァ』じゃなくて、フローラさんだっていっしょにいたんですから」
「とにかくその野郎は溺れて瀕死ってわけだな。溺れ死になんて滅多にできる経験じゃないな……」
「まだアレンさんは死んでませんから! それにトッシュさんだって大量の水の中に投げ込まれたら泳げるんですか?」
「泳げるわけないだろ。シスターも泳げないだろう?」
「泳げませんよ。泳ぐってそもそもどういうときに必要なんですか?」
「庭から水が噴き出してきたときだろう?」
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)