魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
「あははははっ、じつに愉快だ。そうか、三つ巴という訳か。朕は隠形鬼に謀れ、君はその女に謀れたというわけか……くくくくくっ」
「其ノ通リデ御座イマス。此デ帝國ノ栄華ハ水ノ底ニ沈ム」
「我が帝國にどんな怨みがある? それとも金で雇われたのかい?」
「イエイエ、怨ミデモ無ケレバ、金デモ御座イマセン。次ノ世界ニハ不要ダカラ消エテ貰ウダケノ話」
「シュラ帝國が不要だと……後の世で世界のすべてを治めることになる、シュラ帝國が不要だとッ!!」
ルオの怒号と共に〈黒の剣〉が隠形鬼に向かって飛んだ。
「私ニトッテ、コノ剣ダケハ厄介ナ代物……ナア、れヴぇなヨ?」
〈黒の剣〉が隠形鬼を貫いた――と思ったが、そこに隠形鬼はいない。
しかし、〈黒の剣〉は獲物を見失わなかった。
だれもいない空間を〈黒の剣〉は突いた。
「クッ!」
突如姿を現した隠形鬼は、煌めく透明な魔導盾を手のひらの前に出し、〈黒の剣〉を受け止めていた。
二人が戦いに集中しているのを見計らって、トッシュはアレンに合図を送った。そして、セレンを背負ったまま出口に駆け出す。
戦いなら勝手にやらせてけばいい。
だが、アレンはその場をまだ動かない。
「まだ装置が動いてるかわかんねえぞ?」
台座と共に〈スイシュ〉が床に収納されてから、何の音沙汰もない。
出口に立ち塞がったフローラが答える。
「いえ、ちゃんと稼働しているわ。〈スイシュ〉を設置してから三〇分後、このピラミッドの頂上から一気に水が噴き出すわ。そして一瞬のうちに地上にある帝國は水に沈むでしょう」
トッシュは悲しい瞳でフローラを見つめた。
「帝國を滅ぼす目的のために、表の顔はジードとして、スパイまでして、そして俺様まで使ったのか?」
「いいえ、わたくしの目的ははじめから一貫しているわ。自然環境を守り、この星に緑を取り戻すこと、ジードは表の顔よ。帝國が滅びるのはその課程の一つに過ぎないわ」
少しだけトッシュは微笑んだ。
「……そうか。それならそれでいい、俺様たちはもう用済みだろう? 行かせてもらうぜ」
フローラの横を通り過ぎようとしたトッシュの前に茨の柵が現れた。フローラの生きているドレスから伸ばされた植物だ。
用が済んだら殺すのか?
「行カセテヤレ」
〈黒の剣〉との攻防を繰り広げながら隠形鬼が言った。
「朕との戦いで目を離すとは良い度胸だね!」
一気にルオが猛攻を仕掛ける。
隠形鬼はルオとの戦い続けながら、まだ半分の意識はトッシュたちに向けたいた。
「帝國ヲ討チ滅ボシタ英雄ガ必要ダ。其ノ為ニ選ランダ男ダ」
「すべて筋書き通り、俺様はおまえの手のひらの上で踊らされてたったわけか」
トッシュはそう言いながら開かれた茨の柵に先へと進んだ。逃がしてくれると言っているのだ。ここで無用な戦いをして危険に身を晒すこともない。
だが!
〈レッドドラゴン〉が一瞬のうちに抜かれ、銃弾が放たれた!
銃弾は隠形鬼を外れ、遥か天井へ。
「くッ……」
〈レッドドラゴン〉を握るトッシュの腕に巻き付いた茨。それによって弾丸は明後日の方向に飛んでいったのだ。
「さっさと消えなさい!」
フローラは茨のロープを操り、セレンもろともトッシュをピラミッドの外へと投げ飛ばした。
すでに扉は茨の柵によって閉じられた。中に入るにはフローラを倒すしかない。
トッシュは地面に放り出されていたセレンを背負い、片手を上げてフローラに別れを告げる。
「俺様はフェミニストじゃないが、おまえだけには手を出さない。じゃあな、達者でな」
寂しそうな背中をしてトッシュは歩き去った。
そして、アレンは――。
「ちょっと待てよ、俺を置いてく気かっ、どうして俺は閉じ込められなきゃいけないんだよ!」
アレンはフローラを倒す気だった
「俺はあんたをぶん殴ってでも帰るからな!」
「できるものならご自由に」
微笑んだフローラのドレスから、鞭のように蔓が攻撃を仕掛けてきた。
軽やかにアレンはそれを躱し、〈グングニール〉を懐から抜いた。
しかし、蔓のほうが早かった。
茨が〈グングニール〉を握る腕に巻き付く!
「こんなもの!」
どこかで〈歯車〉の音がしたような気がした。
アレンが蔓を引き千切るよりも早く、真っ赤な蕾が花開いて芳しい匂いを放った。
匂いを嗅いでしまった途端、アレンの躰が痺れだした。
「糞ッ……躰が……」
「神経毒よ。本来なら完全に動きを封じられるのだけれど、さすが半分機械の躰ね」
左半身が痺れて動かない。右半身は問題なく動く。
しかし、〈グングニール〉を握っていたのは左手だった。
〈グングニール〉がアレンの手から滑り落ちた。
すぐに拾い上げようとしたが、蔓はアレンの右足首をも捉えていた。
蔓が力強くアレンの足首を引っ張る。
「うおっ!」
足を掬われたアレンが転倒してしまった。
そして〈グングニール〉も蔦に拾われてしまっていた。
隠形鬼とルオの戦いも決着がついていた。
床に倒れて動かないルオの姿。〈黒の剣〉も微動だにせず床に突き刺さったまま。
隠形鬼がアレンに近付いてくる。
アレンは必死になって蔓を引き千切ろうとしたが、蔓はアレンの動きに合わせて常に一定の弛みを持たせられ、引いても引いても引き千切ることができない。
「サテ、御前ヲドウスルカ、未ダ決メカネテイル」
「俺なんかどうでもいいだろ、ほっとけよ!」
「企ミガ解ラヌ以上、放ッテ置ク訳ニモイクマイ」
「企みなんかねえよ!」
「御前ノ企ミデハ無イ。御前ヲ創ッタ者ノ企ミダ。何故御前ハ創ラレタ?」
「知るかっ、俺が聞きてえよ!」
その問はこれまで何度もアレンの頭で渦巻いてきた謎だった。
半身は人間として、半身は機械として、なぜ創造主はアレンをこのような躰にした?
自分に何があったのか?
それをアレンは思い出せなかった。
フローラが隠形鬼に言う。
「不安材料は消去しておくべきだわ」
「未ダ解ラヌ。敵ニ成ルカ、味方ニ成ルカ、此奴ハ両方ノ資質ヲ兼ネ備エテイル」
すぐにアレンが口を出した。
「はぁ? あんたらの仲間になるわけねえだろ。仲間になったら、アレンキとか変な名前で呼ばれなきゃいけねえのかよ?」
隠形鬼はアレンの言葉を無視して話し続ける。
「知ラヌ事ハ知リタクナル。智ヘノ探求心ヲ私ハ優先スル。あれんハ此処ニ残シテ行ク」
もうフローラは口を挟まなかった。
アレンに巻かれたいた蔓がドレスに戻っていく。
「シスター・セレンに宜しくと伝えておいて頂戴」
「自分で言えよ!」
「そう。ならさようなら」
フローラはアレンに別れを告げた。
そして、隠形鬼は何も言わずフローラの躰を触って、共に霞み消えた。
二人の気配は完全に消失した。
まだ躰の痺れているアレンは立てもしなかった。
「マジやべえ。水が噴き出すとか言ってたけど、まさかここも沈むんじゃないだろうな」
「ああ、沈む」
そう小さな声で言ったのはルオだった。
床に這いつくばりながら生きた眼でアレンを見ている。
「なんだよ、生きてたのかよ」
「朕は死なぬ。死など超越して見せる」
「……あっそ。なら頑張って生きろよ、俺は先に行かせてもらうけどな」
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)