魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
アレンは動く右半身を使って這いながら出口に向かいはじめた。
「行かせると思うかい?」
少年の容姿でありながら、ルオは重厚な声を響かせた。
帝國の滅びを目前にしながらも、いまだ皇帝。
〈黒の剣〉がアレンに襲い掛かる。だが、いつのも強烈な切れがない。
どこかで〈歯車〉の音がぎこちなくしたような気がした。
アレンは今出せる全力で手で床を叩き、宙に舞って〈黒の剣〉の一撃を躱した。
見た目では半身だけが機械だが、中身まではどうなっているのか、アレンも知らないことだった。中で完全に分離して機能しているのか、それすらもわからない。
ただ、今わかることは、機械の半身も調子が悪いということだ。
着地に失敗したアレンが床を転がった。
その隙を〈黒の剣〉が過ごすわけがない!
切っ先はすぐ目前まで迫っていた。アレンは躱そうとしたが、焦って踏み込んだ足は痺れている左足だった。
「糞ッ!」
転倒するアレン。
〈黒の剣〉が頬を掠めた。
アレンは動きを止めた。
頬を奔った一筋の紅い血。
〈黒の剣〉は狙いを外れて床に突き刺さっていた。
ルオはアレンに手を伸ばしながら、床に頬をつけて動けなくなった。
「もう一寸たりとも〈黒の剣〉を操れぬというのか……これほどまで悔しいことがあるか……朕は君に負けたのではない……自分の力の無さに負けたのだ」
「はいはい」
そう言ったアレンも動けなかった。
機械の半身まで動かない。
まさか神経毒が機械の半身にも効いたというのか?
本当にそうなのか、アレンにもわからない。
「腹減ったなぁ……動けるようになるのが先か、水浸しになるのが先か。もう水でもいいから腹いっぱいにしてえな。ああ、疲れた」
ゆっくりとアレンは眼を閉じた。
やがてピラミッドの頂上から大量の水が噴き出した。
ピラミッドを流れ落ちた水は遺跡を沈め、扉の開かれたままのこの部屋も、一瞬にして水に呑み込まれた。
ヘリの中でセレンは目を覚ましていた。
「みんなは! まだみんながあそこに!!」
窓の外に見える光景。
帝國が沈む。
激流に呑み込まれてシュラ帝國が跡形もなく消えた。
砂漠一帯が瞬く間に海と化す。
水の勢いは留まることを知らない。
やがて海からはいくつもの川ができるだろう。
川は各地を巡りながら生命を潤す。
セレンは涙を流した。
「こんなことになるなんて……」
水を生み出す装置は、ただ水を生み出すだけではなく、帝國と共に多くの命を藻屑にした。
どれだけの人が逃げ出すことができただろうか?
兵士の多くはわけもわからないうちに水に呑み込まれていっただろう。
〈キュクロプス〉がアスラ城に墜落したとき、もうパニックは最高潮に達しており、統率など取れない状況だった。
ヘリを操縦していたトッシュは不味い煙草の火を消した。
「運が良ければ生きてるさ」
「なんなんですか、わたしが気絶している間になにがあったんですか!」
世界は勝手に進んでいく。そのことがセレンは居た堪らなかった。
――また、巻き込まれて終わってしまった。
「シスター、あんたは普通の暮らしに戻りな」
こんな出来事に巻き込まれたのに、トッシュの言葉で酷く突き放されたようにセレンは感じた。
「なにも説明してくれないなんて無責任です!」
「たしかに多くの命が失われただろうよ。だがな、帝國が滅びたんだ。きっとこれから世界は良くなる……そう祈ったらどうだ?」
「悲しすぎて祈れません。あんな多くの命の冥福をわたし一人じゃ祈れません。ワーズワースさんも、アレンさんも、フローラさんも、リリスさんだって……どうなったかわからないんですよ」
トッシュはセレンに何も聞かせていなかった。特にフローラのことは、このまま何も語らぬままだろう。
「アレンは簡単に死ぬタマじゃないだろう。婆さんだってまだまだ長生きしそうだ。ほかの二人も……あの若造だけは、ひょろいから死んじまってるかもな」
冗談のつもりで笑って見せたが、セレンは大粒の涙を浮かべて笑える状況じゃなかった。
「ワーズワースさんのことを悪く言わないでください!」
「……すまんな」
その一瞬、トッシュの脳裏を過ぎったのはフローラの顔だった。
トッシュは呟く。
「帰ったら酒でも呷[アオ]って女でも引っかけて寝るか」
空に昇りはじめた夕日。
砂漠に出来た海を朱色に染める。
大量の水は多くのものを流して呑み込んだが、流せないものを多く残ってしまった。
数日のうちに帝国滅亡の噂は世界を駆け巡った。
はじめのうちは誰も信じようとしなかったが、広がる海を目の当たりにして疑う者はいなくなった。
帝國にいったい何が起きたのか?
あの海はいったいどこから湧いて現れたのか?
それを語るのは一人の吟遊詩人。
トッシュの名を人々に知らしめた英雄譚を、吟遊詩人は今日も謳い旅をする。
その吟遊詩人の噂を聞いたセレンは、歌を口ずさみながら教会の裏庭に咲く花々に水をやった。
あの出来事のあと、教会に帰ってきたセレンは驚いた。
水と泥に流された花壇が元通り――いや、それ以上に美しい花々が咲き誇る庭園に生まれ変わっていたのだ。
だれがいったい?
それを考えながらセレンは、嬉しそうな顔をして今日も花の世話をするのだった。
水に育まれた世界はこれからどう変わっていくのだろうか……?
(完)
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)