魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
「駄目よ、登れないわ」
そう、すでに飛空挺は九〇度近く傾き、壁が床に、床が壁になっていた。
スピーカーからライザの声が響いてきた。
《各員に次ぐ、動力が失われ予備電源で飛行。最悪なことに何者かによって、操縦コントロールシステムが破壊されたわ。船の傾きも直せず、このままだとあと数秒で墜落よ」
放送はそのまま切られず、声が漏れてきていた。
《あれは……まさか、アスラ城に……計られた!?》
激しい衝撃が襲ってきた。
動力炉にいた全員の躰が浮かび上がり、壁に激しく叩きつけたれた。
鼓膜が破らそうほどの轟音が響いている。
何度も何度も大きく揺れる。
あまりの揺れに立つこともできず、その場にいることもできず、受け身も取れずに何度も床や壁に躰を打ち付けられる。
「うっ!」
セレンが短く声を漏らした。
強打された後頭部。
セレンの意識が遠のいた。
アレンは天井高くを見つめた。
そこに突き刺さっている〈キュクロプス〉の船首。
「よく爆発しなかったな」
ドーム状の屋根に突き刺さった〈キュクロプス〉からは、小さな煙が上がっているものの、今のところは大爆発をせずにその場に留まっている。
「きっと燃料を使って飛行していないからですよ。機器が爆発を起こしても、引火する物がなければ大爆発は起きませんから」
アレンに背負われているワーズワースはそう説明した。
何が起きたのかアレンにもよくわからなかった。
激しい衝撃のあと、飛空挺から逃げ出してきたら、こんな場所に来てしまった。
目の前にあるのは銀色の輝くピラミッド型の遺跡だった。
いったいここはどこなのか?
ライザが墜落寸前に残した言葉は?アスラ城?、そして?計られた?という疑惑的な言葉。
少なくともここはアスラ城ではないらしい。
アレンは舌打ちをして溜息を吐いた。
「つーかさ、ここどこなんだよ。やっぱ下じゃなくて、上から出ればよかったんじゃね?」
「九〇度近く傾いてるあれを登るなんて無理ですよ」
あれとは〈キュクロプス〉のことだ。
「でもさ、下に来ても地上じゃなくてこんなとこに来ちゃったじゃねえか」
「たしかに地上ではないみたいですよね……ん?」
「なに?」
「ちょっと思い出したことがあるんですけど。たしかフローラさんが、装置は帝國の地下にあるとかなんとか」
もう一度思い出されるライザの言葉――?アスラ城?。
アレンは眼を細めて疑惑の視線をした。
「うっそだー。ここがアスラ城の地下って言いたいわけ?」
「べつに嘘をつこうと言ったわけじゃないんですけど。可能性ですよ、か・の・う・せ・い」
「もしそうだとしても俺〈スイシュ〉しか持ってねえし。またあそこに戻るの嫌だぜ?」
アレンたちはトッシュたちが〈ヴォータン〉を手に入れたことを知らない。
「やっぱり戻ったほうがいいんじゃないですかねー。ほら、ここが地下なら、やっぱりあそこから登っていくしか出口ありそうもないですよね?」
「無理。あの高さは飛び降りることはできても、ジャンプじゃ届かねえし。あんたを背負ってなんて絶対無理」
「それって僕を置いていこうとしてます?」
「さあな。でもあんたを下ろしても無理だろうな。俺の最高記録四八メートルくらいだし」
「ええっ、そんなに高くジャンプできるんですか!? 僕を背負いながらあそこから飛び降りたときもすごいと思いましたけど、何者なんですかアレン君?」
「……いいだろそんなこと。つかさ、戻れないなら進むしかないんだから行くぞ」
話を切り止めて、アレンはピラミッド遺跡に向かって歩き出した。
ピラミッドまでの道は舗装された石畳で一直線に続いている。
「大きいですね」
とワーズワースは感嘆した。
ピラミッドの高さは約五〇メートル以上。およそ底辺の横幅も同じくらいありそうだ。
やがてピラミッドの入り口らしき扉が見えてきた。そして、そこにいた人影。大柄な男とそれに背負われている少女。トッシュとセレンだった。
アレンたちを確認したトッシュが口を開く。
「無事だったか」
無事と言うほど無事ではないが、生きてここまでやって来た。だが、トッシュたちのほうは?
ワーズワースは二つのことに気づいた。
「セレンちゃんどうかしたんですか? あと、フローラさんっていうあの人がいないみたいですけど?」
「シスターは気を失っている。あれが落ちるときに頭を打ったらしい。フローラは……いつの間にかはぐれてた、これを残してな」
トッシュは片手に持っていた黄金に輝く〈ヴォータン〉を見せた。
それを一目で〈ヴォータン〉だと察したアレンは、自分が持っていた〈スイシュ〉を取り出した。
「こっちもちゃんと手に入れてるぜ」
淡いブルーに輝く〈スイシュ〉。
トッシュは扉に向かって顎をしゃくった。
「そこに鍵穴らしい物がある。おそらくこの〈ヴォータン〉を挿せば扉が開く筈だ」
「ならさっさとやろうぜ」
アレンに促されてトッシュは〈ヴォータン〉を鍵穴に突き刺した。
駆動音が地響き共に鳴り響いた。
ピラミッドの外壁を奔る電流。
銀色だったピラミッドが金色に輝きはじめた。
そして、ピラミッドの頂上付近にあった〈眼〉が見開かれた!
嗚呼、扉が開く。
永い永い眠りから覚めた古代遺跡。
そこで待ち受けているものは……?
《5》
扉の先に広がっていた部屋にはただ一つ、台座があるだけだった。
そこに〈スイシュ〉を乗せろと言わんばかりだ。
アレンはワーズワースを床に下ろし、迷わずその台座に向かって歩き出した。
そして、台座の前で足を止めた。
「置くぞ?」
アレンに顔を見られたトッシュは無言でうなずき、ワーズワースは真剣な眼差しをしていた。
「待て!」
部屋に響き渡った少年の声。
この場に現れたルオの声だった。
しかし、〈スイシュ〉はすでにアレンの手の中にない。
「もう置いちゃったもんねー」
悪ガキのような顔をしてアレンは笑った。
〈スイシュ〉が設置された台座は床の底へと自動的に収納されていく。
「遅かった……か」
ルオは憎悪を浮かべながら歯を噛みしめた。
「ソウ、此デ何モカモ終ワリデ御座イマス」
この場にもうひとり――否、一人減ってもうひとり、ワーズワースに替わってその場に隠形鬼がいた。
驚くトッシュ。
「俺様が殺した筈!?」
「御前ガ殺シタノハ偽者ダ。私ハ御前ガ引キ金ヲ引ク間ニ65歩以上移動出来ルト言ッタ筈ダガ?」
あれは隠形鬼の最期にしては、やけに呆気ない終幕だった。それもすべて隠形鬼の罠だったのだ。
そして、もう一人最後にやって来た女がいた。
「ご苦労様トッシュ。とても良い働きだったわ、本当にありがとう」
「フローラ!」
叫んだトッシュの視線の先で、フローラは隠形鬼の横に立った。
信じたくない出来事ではあったが、トッシュの直感がそう訴えている。
「そうか……裏切ったのか俺様たちを」
「いいえ、はじめからこちら側のスパイだっただけよ。鬼兵団でのわたくしの名は木鬼[モクキ]」
この状況を見て、ルオを腹を抱えて笑い出した。
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)