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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-

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「牢屋カラ逃ゲ出サレテハ、我々ノ仕事ガ増エルデハナイカ」
 状況はより最悪になった。
 セレンが叫ぶ。
「リリスさんをどうしたんですか!」
「サテ、何処ニ飛バサレタノカ、私ニモ解ラヌ。辺境ノ地カ、海ノ底カ、遥カ宇宙ノ彼方カ、ソレトモ別ノ次元カ」
 その言葉を信じるなら、殺したわけではないらしい。
 トッシュは苦虫を噛みしめていた。
「おぼろげだが、おまえの面……覚えてるぜ」
 あれはあまりにも一瞬の出来事だった。影から何かが現れ、瞬時撃った刹那には瀕死の重傷を負って気絶した。
「借りは返させてもらう」
 動力炉に構うことなくトッシュは〈レッドドラゴン〉を構えた。
「理解ニ苦シム行為ダ。此処ガ何処ダカ解ッテイルノカ?」
「ああ、知っているとも。でもな、おまえだけを狙えば済むことだ」
「狂ッテ居ルナ。実ニ興味深イ男ダ。シカシ、私ニハ勝テン」
「そうだ、俺は狂っている」
 トッシュは引き金を引こうとした。
 しかし、引けなかった。
 目と鼻の先に隠形鬼がいたのだ。
「私ハ御前ガ引キ金ガ引クト同時ニ、65歩以上ハ移動デキル」
 六五とは、一弾指という指で弾く僅かな時の間にある刹那の数。
 今度こそトッシュは引き金を引いた。
 隠形鬼は手のひらを開いて見せた。その手から落ちた弾頭。
「私ノ言葉ガ理解出来ナカッタノカ?」
「ば、莫迦な……信じられるか……ありえん」
「理解セズトモ、現実ハ変ワラン。先ズ、御前ガ一人目ダ」
 それはゆっくりとした動作だった。
 しかし、トッシュは動くこともできなかった。
 隠形鬼の指がトッシュの額を弾いた瞬間、消えたのだ。
 そう、トッシュが跡形もなくその場から消えたのだ。
「二人目」
 隠形鬼はすでにセレンの前にいた。
 そして、同じく消された。
「御前デ最後ダ」
 フローラも抵抗することなく消された。

 漆黒の闇。
 一点の光すらない世界。
 そこでは己の肉体すら感じられなかった。
 思考だけが存在する。
 セレンは声を出そうとしたが、この世界には音すらなかった。
 ――無。
 思考さえ存在していなければ、ここは完全な無、だった。
 躰を動かす。
 いや、動かしているような気にはなっているが、動いているかどうかはわからない。
 セレンは自分の胸に触れた。
 胸の感じはなかった。
 手の感じすらない。
 五感のうち触覚が失われている。
 ここは漆黒なのか、それとも視覚が失われているのか。
 声が出せないのだけなのか、それとも聴覚が失われているのか。
 嗅覚や味覚はどうだろう?
 息をしている感覚や、口の感覚もないので、残る二つの感覚もよくわからない。
 そして、時間の感覚もなかった。
 長いようで短い時間。
 躰の感覚はなかったが、セレンは歩き続けた。
 出口を信じて足を止めなかった。
 やがて、この無の世界に変化が訪れた。
 一筋の光。
 たった一筋でも、暗闇の中を照らせばとても眩い。
 セレンは気づいた。
 自分の躰がある。
「あっ」
 声も出た。
 光の存在によって、五感すべてが取り戻せた。
 あの向こうの側にある光がどんどん強くなっている。
 今にも闇は光に呑み込まれそうだった。

 視界がぼやける。
「大丈夫セレン?」
「おい、しっかりしろシスター」
 聞き覚えのある声。
 セレンの視界が開けた。
 目の前にあるフローラとトッシュの顔。
「わたし……助かったんですか?」
 そこはあの動力炉だった。辺りに隠形鬼も兵士たちの姿もない。
 セレンの頭はまだ少しぼーっとしていた。
「どう……なったんですか?」
 尋ねられた二人は顔を見合わせ、トッシュは首を傾げた。
「俺様にもわからん。なにもない空間に閉じ込められたと思ったら、あっさり出てこられたな」
 どれだけあの空間にいたのだろうか?
 兵士たちはトッシュたちを葬ったと思って引き上げたのだろうか?
 セレンは床を見てハッとした。兵士が二人倒れていた。
「あれは!?」
 兵士を一瞥したフローラ。
「あれはここに戻れた途端に、鉢合わせてしてしまって。一人はわたくしが」
「もう一人は俺様が気絶させた」
 ということは、フローラとトッシュはほぼ同時に、ここに戻ったということだろうか?
 セレンも意識がはっきりしないだけで、同じときに戻っていたかも知れない。
 気絶していた一人の兵士がむっくりと立ち上がった。
 いや、違う。
 それはすでに兵士ではなく――隠形鬼。
「オノレ、私ノ術ヲ破ッタト言ウノカ!」
 〈レッドドラゴン〉の咆吼。
 漆黒の仮面が砕かれ、隠形鬼が倒れた。
 一瞬の出来事だった。
 術を破られた衝撃を覚えていた隙を突くことができたのか、トッシュの撃った銃弾は見事隠形鬼を仕留めたのだ。
 トッシュは仰向けに倒れている隠形鬼を見下ろした。
 砕け散った漆黒の仮面。
 半壊した顔面は中年の男のものだった。
「こんな顔だったのか……仮面がなきゃただのオッサンだな」
 そして、トッシュはお返しとばかりに、中年の男の腹に銃弾を喰らわせた。
 フローラはすでにコンピューターの前に立っていた。ここでの目的を忘れてはならない。
「トッシュ、入り口を見張っていて!」
 そう言って動力炉のコンピューターを操作しはじめた。
 操作の途中でフローラは手を止め、自分の懐中時計を見て不可思議そうな顔をした。
「コンピューターに表示されている時間と、わたくしの時計の時間が違うわ。二時間以上、わたくしの時計が遅れているわ」
 言われてトッシュは自分の腕時計を見た。
「俺様の時計は一五時三六分だ」
「わたくしの時計もそれとほぼ同じよ」
 二人の時計が合っていると言うことは、コンピューターの時計が狂っているのか?
 いや、この飛空挺でもっとも重要な、動力炉を預かるコンピューターの時間が狂っているということがあるのだろうか?
 時計をしまったフローラは再びコンピューターを操作した。
「今考えるのはやめましょう。まずは〈ヴォータン〉を……ロックを解除したわ。見て、動き出したわ」
 人が覆い隠せるほどの大きさの円柱の金属が、床へと収納されていき、金色に輝く槍――〈ヴォータン〉が姿を見せた。
 床のコンセントに刺さっている〈ヴォータン〉をフローラが引き抜いた。
 すべての動力が止まる。
 警報が鳴り響く。
 次の瞬間、ここにいた全員が壁に叩きつけられた。
 飛空挺が大きく傾いている。
 トッシュは壁に足を付けて立ち上がった。
「まさか飛んでいたのかっ!?」
 おそらくそのまさかだろう。
 フローラも立ち上がり、壁に落ちていた〈ヴォータン〉を拾い上げた。
「迂闊だったわ。中にいたせいで飛んでいることに気づけなかった。いえ、ちゃんと調べるべきだったわ。目の前にある〈ヴォータン〉を奪うことに気が逸ってしまって」
 飛んでいる物体が動力を失えばどうなるか――考えるだけで身の毛がよだつ。残された時間はあまりないだろう。
 セレンは身を強ばらせた。
「早くしないと落ちます……よね?」
 墜落すればこの飛空挺にいる全員ただでは済まない。
 トッシュがフローラを見て、〈ヴォータン〉が刺さっていたコンセントを指差した。
「それを元に戻せ、すぐに墜落するぞ!」