魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
トッシュも今はジードとして、それ以前からも帝國と多く対立してきた。
「わたしは……」
ずっと巻き込まれていただけ。限られた選択肢しか与えられず、巻き込まれてここまで来てしまった。
「でも、わたしは……武力で世界を変えたいとは思いません。わたしはわたしのできるやり方で、皆さんが笑顔になれるような世界をつくりたい」
優しい微笑みをセレンは浮かべた。
それにワーズワースは笑顔で答えた。
「やっぱり君には笑顔だね。ちょっとドキッとしたよ、その笑顔」
ドキッとさせられたのはセレンのほうだった。今の発言で顔は真っ赤だ。
銃弾が流れるように飛んだ。
「あっ」
短く呟いて目を丸くしたワーズワース。些細な事でも起きたような呟きだった。
しかし。
「撃たれちゃいました」
ワーズワースが床に倒れた。
銃弾はワーズワースの太股に刺さっていた。
すぐさま射手をトッシュが撃ち殺した。
セレンは血相を変えてワーズワースを抱きかかえた。
「大丈夫ですか!」
「大丈夫じゃないですよ。だってすご〜く痛いですから。でもたぶん動脈は傷ついてないような気がしますから、死にはしませんよ。歩けませんけど」
「肩を貸しますから行きましょう!」
「足手まといなんで、置いてってください。トッシュさん、セレンちゃんを早く連れて行ってください」
その頼みを聞き入れてトッシュはセレンの腕を無理矢理引いた。
「行くぞ!」
「駄目です、彼を置いては行けません!」
「若造の望みなんだから叶えてやれ」
「嫌です!!」
抵抗するセレン。
ワーズワースは自分たちが来た道を指差した。
「ほら追っ手が来ちゃいましたよ。僕ならだいじょぶですよ、だって弱そうだし、すぐに降伏しちゃえば命までは取られませんよ、ね?」
ワーズワースは笑った。
それでもセレンはこの場を離れない。
「早くいっしょに!」
セレンの伸ばした手がワースワースからどんどん離れていく。
やはてセレンはトッシュに引きずられてこの場から消えた。
残されたワーズワースは、指で弾をえぐり出した。そんな行為を涼しげな顔でやってのけた。
そして、静かに立ち上がる。
「セレンちゃんとの別れは寂しいけど、別れた女といっしょにはいたくないもんね。あっちも嫌そうな顔してたし」
敵はすぐそこまで来ていた。
ワーズワースは敵を見向きもせず、そっと手を払っただけだった。
廊下に巻き起こった突風。
突風というより、それは見えない刃だった。
カマイタチ。
細切れにされた兵士たち。
ワーズワースの目つきが鋭くなった。
肉塊に囲まれながら、ただ独り兵士がまだ立っていたのだ。
「あらっ、切り損ねた?」
再びカマイタチを放った。
ワーズワースが目を丸くして?しまった?という顔をした。
放たれたカマイタチは兵士を――否、入れ替わるようにしてそこに立っていた、別の存在を切ろうとしていた。
しかし、リリスを倒したその者には、ほんのお遊び。
隠形鬼は斬れていなかった。
風は見えぬため、当たったかどうかもわからない。当たる以前に消されていたのかもしれない。
ワーズワースは前髪をかき上げた。
「まいったなぁ、そんなつもりじゃなかったんですけどー」
「気配ヲ感ジタノデ来テ見タ」
「もっと前から僕がいたこと知ってたクセにぃ。お久しぶりですね隠形鬼さん」
「風来坊ガ帰ッテ来タカ」
「いえいえ、ちょっとふらっと風のように立ち寄っただけ、すぐに消えますよ」
親しげに話すワーズワース。
まさかこの二人が顔見知りだったとは。
「で、どんな作戦なんですかこれ?」
「御前モ此ノ劇ノ演者ト成ルカ?」
「いえいえ、僕はただの吟遊詩人ですから、他人の物語を語るだけです」
「ナラバ邪魔スルナヨ」
「なにをしたら邪魔なのか、わからないんですけど?」
「風向キヲ変エナケレバ、其レデ良イ」
そう言い残して隠形鬼は消えた。
タイミング良くそれと入れ替わりで、アレンがこちらに駆けてきた。
ワーズワースはほくそ笑んだ。
「演者にはなるつもりはなんですけど、運命って女神は気まぐれだからなぁ」
走ってきたアレンもワーズワースに気づいたようだ。
「あっ、詩人!」
「どうも吟遊詩人のワーズワースですが何か?」
「逃げろ、敵が来るぞ!」
「足怪我してるんで担いでもらえません?」
「はぁ?」
「早くしないと敵来ますよ?」
「糞っ、あんたなんか見つけるんじゃなかった!」
アレンはワーズワースを背負って走り出した。
後ろからは兵士たちが追ってくる。艦内ということもあって銃の乱射はないが、ここぞというときには口径の小さな弾を撃ってくる。
「僕のこと弾除けにしないでくださいね」
「しねえよ!」
口径の小さな銃弾なら人間の躰を貫通せずに弾除けになってくれる。
じつはちょっぴりアレンは考えていたことだった。それを見透かされたような、さっきのワーズワースの一言だったのだ。
背負われながらワーズワースが話しかける。
「じつはさっきまで皆さんといっしょだったんでけど、はぐれてしまったんですよね。そうそう、フローラさんっていう人も合流しましたよ」
「フローラが!?」
「アレン君も知ってたんですか。あとそれから、皆さんはこの船の動力炉に向かってます」
「なんでだよ?」
「じつは〈ヴォータン〉がこの船の動力源らしくって、探す手間が省けてラッキーでしたね。まるで僕らに追い風が吹いてるみたいで」
だが追ってくるのは風ではなく兵士だった。
逃げれば逃げるほど、兵士の数が増えていく。
〈グングニール〉を使えば一網打尽にできるかもしれないが、万が一周りの機器を壊して爆発を誘発なんてことになったら……。アレンは〈グングニール〉を抜くに抜けなかった。
「でさ、その動力炉ってどこにあんだよ?」
「さあ僕に聞かないでくださいよ。吟遊詩人にも知らないことはあるんですよ」
「使えねえ奴」
アレンは闇雲に逃げ回るしかなかった。
《4》
敵と遭遇しながら何度も危機があったが、それらを掻い潜り、ついにトッシュたちは動力炉までやって来た。
連続的な振動音が鳴り響いている。
瞬時に溢れかえった気配。
物陰に隠れていた兵士たちが一斉に姿を見せた!
トッシュは舌打ちをした。
「チッ……楽に済むわけないよな」
ここの兵士が集められていたのはライザの差し金だ。
大勢の兵士に取り囲まれたが、なぜか兵士たちは銃を構えずナイフを構えていた。
色の違うプロテクターをつけた部隊長が前で出た。
「我らに勝てる気があるのなら存分に抵抗したまえ。ただし銃などは使うな、動力炉が爆発したらみんな死ぬぞ」
フローラが微笑んだ。
「自爆テロだったらどうする?」
命を犠牲にして動力炉を爆発させる。そういう作戦も世の中にはあるだろう。けれど、フローラの言葉が、ただのはったりだと部隊長は知っていた。
「お前等の目的はわかっている。自爆テロなどするはずがない!」
目的は〈ヴォータン〉を奪うこと。それも見透かされていた。あの場でアレンが〈スイシュ〉を見せなければ、きっと状況は変わっていただろう。
気配が変わった。
部隊長が刹那のうちに隠形鬼に替わっていたのだ。
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)