魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
またこの場所に閉じ込められた。
今回は前回よりも待遇が悪かった。
牢屋の中にセレン溜息が響いた。
「神様、どうかわたしたちをお助けください」
〈キュクロプス〉内にある監獄。
床に寝かされているトッシュはまだ意識を取り戻さない。
やることがないと、頭ばかりが使われ、余計なことを考えてしまう。セレンは不安で仕方なかった。
トッシュはいつになったら目覚めるのか。リリスはどこへ消えたのか。アレンはどこにいるのか。そして、ワーズワースもトイレに行って帰ってこなかった。
まずはトッシュが目覚めなくて話にならない。それからここを逃げ出す方法を考えてくては。
セレンは独りではなにもできなかった。
時間だけが過ぎていく。
しばらくして。どこからか声が聞こえてきた。
「捕虜に食事を持ってきました」
「こんな時間にか?」
「ええっと、それは彼らはここ数日飲まず食わずだったそうで」
「そんな風には見えなかったがなぁ」
「それはきっとやせ我慢してるんですよ!」
「……おまえ、なんだか怪しくないか?」
「そんなことないですよ」
「今すぐIDを見せろ」
「え、いや……ちょっと……ああっ、わっ、やめてください!」
ドン!
という何か殴りつけるような鈍い音が聞こえた。
そして、カートを押すような音が聞こえて、牢屋の前までその人物はやって来た。
「よかった、見張りが一人いなくて」
ほっと一息ついて見せたのはワーズワースだった。
「助けに来てくれたんですか!」
「お姫様を助けるのは王子に役目ですから」
と言われて、セレンは少し顔を赤くした。
ワーズワースは牢屋の鍵を開けた。
「あっ、これで良かったみたいですね。今気絶させた見張りが持ってたんですよ」
囚人に食事を運ぶ振りをして、見張りを倒し、牢屋の鍵まで手に入れたのだ。
セレンの瞳にワーズワースは天使のように映った。
「本当にありがとうございました」
「いえいえ、でもここからが問題ですよ。どうやら僕の顔は敵にばれていなかったらしく、堂々と食事を運びながら、すれ違う人に挨拶してたら、楽々ここまで来れましたけど、セレンちゃんとこの意識のない人といっしょに逃げるのは……」
困って黙り込む二人。
ここは蟻の巣のようなものだ。そこら中に帝國の兵士がいて、とてもトッシュは運んで逃げることはできない。
ワーズワースが耳を澄ませ、囁いた。
「だれか来ます」
そんなことを言われても、ここに逃げ道はない。こんな状況を見られたら言い逃れもできない。
曲がり角の向こうから声が聞こえた。
「見張りの時間だ……どういうこと?」
大変だ、気づかれた。
身構えるセレンとワーズワース。
フルフェイスマスクをした一人の兵士が姿を見せた。
もう駄目だと思ったとき、兵士がそのマスクを脱ぎ捨てて素顔を晒したのだ。
「警戒しないで、わたくしよセレン」
「あっ!?」
セレンは驚いた。まさかこんなところで会うとは思わなかった。失踪していたフローラだった。
「生きてたんですね!」
セレンは歓喜の声をあげた。トッシュは帝國の機密を手に入れた経由をだれにも話していなかったのだ。
フローラを見たワーズワースは目を丸くした。
「……な、なんて可憐で花のように美しい人なんだ。僕の名前はワーズワース、貴女の名前は?」
「えっ……わたくしはフローラと申します」
二人は間近で見つめ合いながら、ワーズワースのほうから固い握手をした。
フローラは苦笑いを浮かべてワーズワースの胸を押した。
「あまり近付きすぎないでくださる。今はこんなことをしている時間はありませんわ。まずは、トッシュを診なくては……」
意識のないトッシュの傍らに膝をついたフローラは、いつかアレンにしたように接吻をした。
トッシュの躰が跳ね上がった。
「うっ……うう……フローラ!」
間近にあったフローラの顔を見てトッシュは驚いた。
他人の接吻を見てセレンは顔を赤くして、ちらりとワースワースを見た。そのワーズワースは、真剣な眼差しでフローラを見つめていた。少し胸がもやっとしたセレンだった。
トッシュはフローラに耳打ちをする。
「メモリの中身を見た。ここにいる二人とアレンとリリスという魔導師に、機密情報なのに話しちまったんだが、本当にすまない」
「トッシュが選んだ仲間なら、べつに構わないわ」
ここにいるワーズワースは完全に不可抗力だったため、トッシュは苦い顔をして心が痛んだ。そして、フローラの信用を失わないために、あまり多くは語らないことにした。
フローラは通常の大きさの声で話しはじめる。
「じつはあのあと、いろいろ調べて見たのよ。渡した情報の中身についても断片的に解り、必要なオーパーツの一つ〈ヴァータン〉の在り処を特定したわ」
トッシュは機密情報を思い出す。
「たしか帝國のどこかという曖昧な情報だったが……?」
フローラは頷いた。
「ええ、たしかに帝國には違いないのだけれど、じつはこの〈キュクロプス〉の動力源が〈ヴォータン〉なのよ」
まさかこんな近くにあるとは、トッシュは驚きを隠せなかった。
「ここは〈キュクロプス〉の中か。まさかそっちから来てくれるとは、幸運……というべきだろうな。だが逃げるだけでも骨だというのに、動力源を盗み出すとなるというのは」
さらにフローラは過酷な要求を突き付けた。
「できれば、この船ごと制圧して盗めると良いわ。〈ヴォータン〉と〈スイシュ〉を手に入れたあとの目的地は、アスラ城なのだから」
トッシュはさらに機密情報を思い出す。
「たしかそう書いてあったな。装置は帝國の地下にあると……でもなんで帝國の地下なんだ?」
「古代遺跡があった場所の上に、帝國は意図的に立てられたのよ。?失われし科学技術?の恩恵を預かるために」
そうフローラは答えた。
次の目的は決まった。
超巨大飛空挺〈キュクロプス〉の動力源である〈ヴォータン〉を奪う!
だが、セレンには気がかりなことがあった。
「アレンさんとリリスさんはどうしますか?」
この場に二人がいないことにはトッシュも気づいている。
「二人はどうした?」
「アレンさんはまったくわかりません。リリスはさんは怖ろしい仮面の人に……消されてしまいました」
その瞬間を思い出してセレンはゾッとした。
消された――という意味をトッシュは理解できなかった。
「まさかリリス殿が殺されたのか?」
すぐにセレンが首を何度も横に振った。
「違います。目の前でパッと消えてしまったんです」
二人の話にワーズワースも割り込んでくる。
「じつは僕も物陰から見てたんですけど、あっという間に姿が消えてしまって、生きているのか死んでいるのか、何が起きたのかもわかんないんえすよね。それからセレンちゃんとトッシュさんが連れ去られて、ついに僕の大冒険が幕を開けたのです!」
ここからが話の面白いところだと言わんばかりのワーズワース。
――を無視して、トッシュは歩き出した。
「早く行くぞ、ここに敵が来たら袋の鼠だ」
フローラも先を急ぐ。
慌ててセレンもついていった。
独り残されたワーズワースは肩を落とした。
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)