魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
「それがつまらない、じつにつまらない。朕は城の中で退屈なのだ」
「わかりましたわ。ルオ様不在の指揮はアタクシが執りましょう」
「しかし、君の方が偽物だったらどうする?」
それこそが敵の作戦かもしれないと考えるのは当然。ルオを厄介払いできれば、城を落とすのも容易くなるだろう。ルオはシュラ帝國の絶対者なのだから。
ライザは頷いた。
「その可能性は十分に考慮するべきだわ。少なくともアタクシが二人は存在している以上、偽者が必ずいるということなのだから」
「君が本物だと証明できるかい?」
「それは難しいわ。偽者がどの程度アタクシを再現しているかわからないもの。DNA検査をするにしても、時間が掛かるわ」
「つまり君も信用できないわけだ」
「そういうことになりますわね」
あっさりと認めた。
ここにいるライザは本物か偽物か?
一人の偽者がいるとしてら、二人目がいる可能性もある。
ライザの偽者がいるのなら、ほかの者の偽者もいる可能性がある。
疑えば切りがなくなる。
ルオが玉座から立ち上がった。
「ならば二人でその場所に行くとするか」
「それでは侵入している敵に、どうぞ自由にしてください、と言っているようなものですわ」
「簡単に墜ちる城など敵にくれてやるよ」
「うふふふっ、貴方らしいお言葉ですわ」
こうして二人を乗せた帝國の誇る空飛ぶ要塞――巨大飛空挺〈キュクロプス〉がアスラ城を飛び立った。
大事故から生還した二人は、呆然としながら壁にもたれて座っていた。
天地がひっくり返り、大地震が起きたような気がした。そのあとの記憶はあまり覚えていない。セレンはまだ少し痛むおでこを押さえた。
「死ぬかと思いました。もしかしたら死んでいるのかもしれません」
「だったら僕も死んでることになっちゃうけど」
横に座るワーズワースは側頭部を押さえていた。
燦々と照り輝く日差しを避け、日陰で休んでどれくらいが経っただろうか?
気を失っているトッシュはまだ目を覚まさない。
リリスは死んだように目を閉じて、壁にもたれて座っている。
唾を飲み込んだワーズワースが恐る恐るリリスの顔を覗き込む。
「お婆ちゃん死んでませんよねー?」
「おぬしらが死んでもわしは死なんよ」
「わっ、生きてたのか!?」
驚いたワーズワースは再びぐったりして壁にもたれた。
少し時間が流れ、セレンが口を開く。
「あのぉ、やっぱりアレンさんを探しに行ったほうが?」
すぐにリリスが反論する。
「こやつをどうする?」
トッシュのことだ。
じつはさっきも似たような話をしたばかりだ。
場所を移動するなら、この大柄で重そうなトッシュを誰が運ぶか?
小柄な少女のセレンには無理だろう。
ワーズワースも細身で筋力も体力もあるとは思えない。
二人の前で怪力を見せつけたリリスだが、このお婆さんに運んでくれと、セレンもワーズワースもなんとなく言い出しづらかった。
何かが起こらない限り、この場でこうして過ごしそうだ。
「わたしのどが渇いてしまったんですが……」
申し訳なさそうにセレンが言った。
「あ、僕はトイレに行きたくなっちゃいました」
立ち上がったワーズワースは小走りで姿を消した。
リリスはセレンに顔を向けた。
「車から取ってくればあるよ」
「……さっき出すべきでしたね。あの、いっしょに……」
「こやつはどうする?」
「……そうですよね、我慢します」
乾燥した暑さは口から水分を奪う。
セレンの唇はもうガサガサだ。
そんな唇にそっと指で触れたセレンは、急に沸騰しそうなほど顔を赤くした。
指で触れると、あのときの事故が思い出される。
車が大回転しながら建物に突っ込んだとき、セレンは思わずワーズワースに抱きついてしまい、その拍子に……。
顔を赤くしたセレンを妖しく微笑みながらリリスが見つめた。
「暑さにやられたのかい?」
「いえっ、べつに!」
なぜリリスは笑っているのだろうか?
たぶん見られていないはずなのに……。
セレンはさらに顔を赤くした。
あの出来事は自分の胸にしまって置こうとセレンは誓った。
けれど、ワーズワースもそうしてくれるだろうか。
心配のせいかわからないが、セレンは胸が苦しくなった。
悶々としているセレンに構わず、リリスはあの時の遠い空を眺めていた。
「またお客さんじゃな。今度のはおっきいよ」
ハッとしてセレンも我に返り、上空に目をやった。
瞳を丸くしたセレン。
「あれは……」
雲一つない広大な空を我が物顔で飛行する〈キュクロプス〉がいた。
この状況で、リリスはじつに愉しそうに笑っていた。
「あれが現れたということは、皇帝自らお出ましと言うことじゃろうな」
「そんな、なんで……」
そして、このタイミングでトッシュは目覚めようとしていた。
「……あ〜っ……糞熱い……」
目覚めたトッシュの瞳に真っ先に映った物体。
「〈キュクロプス〉かッ!!」
眠気を引きずることなくトッシュは飛び起きた。
さらにトッシュは辺りを見回して、ほかの自体にも気づいた。
「アレンはどうした!? あの若造もいないぞ?」
まずセレンが答える。
「アレンさんはわかりません」
次にリリスが答える。
「若造なら便所に行ったよ。帰ってこない様子を見ると、迷ったか大便でもしとるんじゃろう」
〈キュクロプス〉の登場にトッシュは頭を抱えた。
「とにかく便所に行った大便野郎を待って、そのあとアレンを探しに行く。もしかしたらあの場所にまだいるかもしれん」
と、そのとき、この場に人が近寄ってきた気配がした。
セレンが振り返った。
「お帰りなさ……ッ!?」
現れたのは紅く艶やかな花魁衣装の女だった。
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)