魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
「帝國は結局〈スイシュ〉を見つけられなかったわ。もしかしたらここにないのかもしれないわね。アタクシはこの手で〈スイシュ〉を研究してみたいわ。手がかりがあるなら教えて頂戴。教えてくれなくても良いわ、アナタたちが見つけて来てくれれば」
「俺らが先に見つけてあんたに渡すと思ってんの?」
「それは力尽くで奪えばいいわ」
「言うねぇ〜」
たとえライザは科学者としての興味であっても、帝國の手に渡ることには変わりない。帝國は水を生み出す装置をなにに使うだろうか?
ライザは席を立った。
「食後の散歩なんてどうかしら?」
「めんどくさい」
「そう言わないで、少し付き合ってくれないかしら?」
「はいはい、わかりました」
アレンは銃で小突かれ、仕方なく席を立った。
数人の兵士を引き連れてヘリの外に出る。そこからジープに乗り変えて都市の中心――巻き貝の塔へ。
色褪せた塔の内部。
外観と同様、装飾の数々は海を思わせ、かつての美しさの片鱗が感じられる。
そこからさらに奥へと入っていくと、一変して金属的な作りになっていく。
「エレベーターは動かないから非常階段から降りましょう」
先頭を切って歩くエルザが非常階段を降りはじめた。
長い長い螺旋階段だ。
途中にフロアへ出る扉などはなく、渦巻きがずっと底まで続いている。
五分ほどかけて階段を下り、やって来た部屋はコンピュータールームだった。
巨大なスクリーンや機器類は部品が外され、分解されて持ち去られてしまったのだろう。動力があったとしても、もうここは使い物にはならない。
部屋の中心でライザが立ち止まった。
「ここから先がわからないのよね。調査によると、この下まで建物が続いているのだけれど、入り口がないのよ。構造上、あるとしたらこの部屋なのだけれど、それらしい物はない。どう、アナタなら探し出せるかしら?」
顔を向けられたアレン。
「なんで俺なんだよ?」
「アナタならもしかしてって思っただけよ」
「俺にできるわけねえじゃん。こんなとこ来たこともねえし」
「それならそれでもいいわ。なにか手がかりがないか、アナタも探してくれないかしら?」
アレンはその場を一歩も動かない。なにかを探す動作もしない。決して銃を突き付けられているからではない。動けない理由があるのだ。
それをライザは言い当てた。
「嘘が下手なようね。アナタは入り口を探すことができない。だって探すフリになってしまうのだものね」
「はぁ? なに言ってんのアンタ?」
「惚けるのも下手ね。さあ、入り口を開けて頂戴。アナタは知っているはずよ」
「あんたの言ってること意味わかんねえよ」
アレンはライザから目を背けた。
この遺跡に来たときからアレンの様子は変だった。
――俺……あの天辺の部分、見たことあるような気がする。
それはいつ、どのような状況で見た光景だったのか?
本、写真、映像、幻、夢の中……それとも実際にその目で見た光景だったのか。
ライザはなにを知っている?
「〈ノアの方舟〉」
と、ライザは囁いた。
アレンは顔色一つ変えなかった。
さらにライザは付け加えた。
「〈ノアの方舟〉と呼ばれる施設がこの地下には存在している。なにか思い出したかしら?」
「いや、ぜんぜん」
「あらん、最後までアタクシに言わせる気かしら。人払いをして置こうかしらね、さっ、アナタたちこの部屋から出てってくれるかしら」
ライザを兵士たちを下がらせた。
二人っきりなり、アレンが逃げるのも今がチャンスかもしれない。
〈ピナカ〉の銃口はアレンを狙っている。
一発目さえ防げれば、あとはアレンの駆動力で乗り切れるかもしれない。
しかし、アレンは何も事を起こさなかった。
「最後までって言ってたけどさ、なに言うつもりなんだよ?」
「それはアナタ次第ね」
「俺次第って言われても、なんもしんねえし」
「〈ノアの方舟〉は言わば隔離施設だった。すべては秘密裏に、アララトの研究者たちもほとんど知らなかったわ。アタクシもその存在に気づけなかった、今もその真の目的がわからないわ。ただ一つはっきりしていることは……そう、〈ノアの方舟〉はアナタが過ごした施設ってこと」
「ふ〜ん」
鼻を鳴らしただけのアレン。人を喰った態度だ。
ライザは黙ったままアレンを見つめた。相手が口を開くまで待つつもりだ。
沈黙の中、時間が過ぎ去っていく。
こういう間にアレンは弱かった。
「話すよ、話せばいいんだろ。実はさ、記憶が曖昧なんだよ。ホント断片的にしかここのこと思い出せなくてさ、それもさっきやっと思い出したって感じで。入り口なら知ってるよ、たぶんだけどな」
「記憶が……そう……とにかく早く開けてもらおうじゃない。アナタの楽園への入り口を」
「はいはい」
アレンは迷うことなく壁にある隠しパネルを見つけ、そこに両手を押し当てた。
《認証が完了しました》
床からエレベーターがせり上がってきた。動力が生きていたのだ。
エレベーターに乗り込んだ二人。
問題なく稼働したエレベーターは、扉が閉まると同時に自動的に下へと向かった。
ほどなくして止まり、扉が開かれた。
なぜライザは楽園と称したのか、その答えは広がる光景にあった。
地下施設にも関わらず、ここは人工太陽に照らされ、大地が広がり草木が育っている。ここにあるのは植物だけではなかった。動物の群れが遠くに見える―― あれは羊だろうか、砂漠には珍しい長い毛に覆われた動物だ。
ほかにも多くの動物たちと、鳥たち、昆虫や、流れる川には魚たちもいた。
地下とは思えない広大な施設。
どれだけ長い年月、幾星霜の年月をこの動植物たちはここで過ごしてきたのだろうか。
ライザはこの世界を見回しながら言った。
「どう、ふるさとに帰ってきた気分は?」
「さあね、あんま覚えてねえし」
「そう、じゃあ感慨にふける必要はないわね。さっそく〈スイシュ〉を探しましょうか?」
「それはいいんだけどさ……一段落ついたから聞くけど――」
アレンの瞳がライザを射貫いた。
そして、こう言ったのだ。
「あんただれ?」
――数時間前のこと。
玉座に座るルオの前に、ある女が姿を現した。
「どうしたライザ?」
?ライオンヘア?は毛羽立って乱れ、後頭部を押さえて苦しそうな顔をしているライザ。
「何者かに襲われて、今までバスルームに監禁されていたのよ。この城の内部に敵が侵入していることは間違いないわ」
「ほう、客人とは珍しい。ほかに情報はあるかい?」
「鬼兵団との連絡がつかないわ。それと?アタクシ?がある場所に、兵を引き連れて向かったらしいわ」
「君が?」
「ええ、ここにいるのに」
「なかなか面白い話だ。どこに向かったかわかるかい?」
「それはすでに調べがついているのだけれど、問題は派遣された部隊とも連絡がつかないことだわ」
「ますます面白い」
この状況を楽しむルオ。
笑いながらルオは頬杖をついた。
「このまたとない面白い状況を愉しむには、ここに残るべきか、その場所とやらに行ってみるか」
「敵がまだ城の内部にいる可能性は十分あるわ。貴方には城を守る義務があるのではなくて?」
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)