魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
今、土鬼は一箇所に集まっていた――人型として。
「お眠り……そして、決して覚めない悪夢の中で生き続けるがよい」
リリスの躰から墨汁のような色をした何が噴出した。それがなにかはわからない。まるで生き物のように、例えるなら蛸のように、すべての触手を使って土鬼を丸呑みした。
「グギャアアアアァァァァッ!!」
躰が溶かされる絶叫。
創造主は土鬼に感覚の一つとして痛みを与えた。それがなければ、こんなにも苦しまずに済んだものを――。
茶色い塊が地面に広がった。
土鬼は滅びたのか?
いや、リリスは悪夢を与えると言ったのだ。
一粒のナノマシンが風に吹かれて砂と共に舞い上がった。
火鬼は着物の帯を解き、それを穴の下に垂らした。
「ほうれ、これに捕まるでありんす」
「断る!」
アレンは力強く言い放った。
相手は敵だ。どんな企みがあるかわからない。
拒否された火鬼は嫌な顔一つせず、逆に躰を火照らせて艶笑を浮かべた。
「嗚呼っん、つれないおひと」
刹那、帯が生き物ようにしてアレンの胴に巻き付いた。
「やめろっ!」
「もう……放さないよ糞餓鬼!」
口調が急に変わった火鬼は夜叉の表情をして帯を手繰った。
アレンの躰が宙に浮く。
そのまま穴を抜けて空高く引き上げられ、急に帯がほどけた。
天高く放り出されたアレン!
どこかで〈歯車〉の音がしたような気がした。
空中でバランスを整えたアレンが地面に足から激突した。
舞い上がる砂煙。
「てめえなにしやがる!」
地面に片手をついているアレンは火鬼を睨みつけた。
「おほほほほほっ、愉快愉快。まるで小猿の曲芸のようでありんす。さあさあ、もっと遊んでくんなまし」
敵を目の前にして火鬼は軽やかに舞い踊った。隙を見せているように見えるが、その舞いに隙はない。この舞いは武芸の一つであり、攻防の型なのだ。
アレンは片手を地に付けたまま動けない。
「腹減ったぁ」
このままではろくに戦えない。
火鬼は鉄扇を構えた。
「そちらから来ないのなら、こちらから行くでありんす」
鉄扇が風を切ったと同時に炎が起きた。
炎舞だ。
舞うと同時に炎の帯がアレンに襲い来る。
アレンには避ける体力も残されていなかった。
だが、炎はアレンを掠め飛んでいく。
次々と放たれる炎はすべてアレンを掠めて後方に飛んでいくのだ。
「ほうれ、ほうれ、炎が怖くて一歩も動けないでありんすか?」
「いや……腹が減って動けない」
「おほほほほっ、おつな冗談を。けれど逃げ惑ってくりんせんと、つまらないでありんす」
「無理……腹が減ってて逃げるとか無理。もういいよ、早く殺せよ」
「依頼主から生け捕りにせよと言われてるでありんす」
それは良いことを聞いたとアレンは笑った。
「わかった。なら抵抗しないから早く捕まえろよ。で、捕虜に飯喰わせろ」
「はい?」
「だから早く捕まえてくれって言ってんの」
「なら……死なない程度に痛めつけて捕まえてやるよ!」
狂気を浮かべた火鬼が鉄扇を振るおうとしたとき、その場に帝國のジープが乗り付けた。
「はい、そこまでよ!」
ジープから降りてきたライザはアレンと火鬼の間に割って入った。
ライザは愛しい恋人にするように、繊手でアレンの頬を撫でた。
「どうしたの坊や、今日は元気がないわね」
「腹減ってんだよ。なんか喰わしてくれんなら大人しく捕虜になるけど?」
「ならまず銃を渡してくれるかしら?」
アレンは懐から〈グングニール〉を素早く抜き、銃口をライザの眉間に突き付けた。
驚きもせず、怯えることもなく、ライザは微笑んでいた。
「どちらが早いかしら?」
ライザもまた、〈ピナカ〉をアレンの腹に押し当てていた。
もしアレンのほうが早く引き金を引いたとしても、周りにいる火鬼や兵士たちが黙ってはいないだろう。
一矢を報いるつもりなどアレンにはなかった。
「じゃあ、これ飯代ってことで」
アレンは銃を指先で回して、グリップをライザに向けた。
〈グングニール〉を受け取ったライザはアレンに背を向けて歩き出した。
「食事はヘリの中でしましょう。アタクシといっしょに」
アレンが兵士に拘束され連行させる。
その姿を見ながら書きは不満そうな顔をしていた。
「せっかくここまで出向いたってのに、嗚呼つまらないつまらない」
その声を聴いたのか、ライザが振り返った。
「アナタの仕事はまだあるわよ。トッシュたちがまだどこかにいるわ」
「それなら土鬼がどうにかしてるでありんす」
このとき、すでに土鬼はリリスにやられたあとだった。まだその事実を火鬼たちは知らなかった。
《4》
呆れた顔でライザは目の前のアレンを見つめていた。
「本当によく食べるわね。胃の許容量を完全に超えていると思うのだけれど?」
もともと日数をかける作戦ではなかったため、食料はあまり積んでこなかったが、そのすべてがこの小柄な?少年?に食い尽くされそうだ。
兵士がそっとライザに耳打ちする。
「もう非常食量までなくなりそうなのですが……?」
「いいわ、全部出しちゃいなさいよ。今日中には城へ帰れるように、さっさと仕事を片付けましょう」
そして、ついにアレンはすべての食料を腹に収めた。
「喰った喰った……次は昼寝でもするか」
「させないわよ」
間髪入れずライザは言った。
二人が向かい合って座るテーブルの上が片付けられる。
アレンには常に銃口が向けられている。まるで尋問室だ。
頬杖を突いたライザが身を乗り出してきた。
「では話を聞かせてもらいましょうか?」
「べつに話すことなんてないけど?」
「そちらから話さなくても、質問に答えてくれればいいわ」
「嫌だと言ったら?」
アレンの頭に左右からライフルの銃口が突き付けられた。それがライザからの答えだ。
動じないアレンを見るライザは楽しそうだった。
「銃を離しなさい。この子に脅しは無意味よ」
頭から銃が離されたが、銃口は狙いを放さず指は引き金に掛かったまま。
ライザは椅子に深く腰掛けた。
「まずアナタたちの目的から伺おうかしら」
「なんか俺もよくわかんないんだよね。トッシュに聞けば?」
「彼は捜索中、そのうち見つかるんじゃないかしら。それまでの間は、アタクシとアナタでお話ししましょう」
「ならそっちが話しなよ」
「そう、なら話そうかしらね」
一息ついてライザは仕切り直し、話をはじめることにした。
「古代都市アララトの発掘調査を帝國が行ったのは、先代の皇帝の時代、アタクシがやってくる前の話よ。調査では数々の?失われし科学技術?が見つかったけれど、多くはすでにその場から持ち去られていたらしく、これと言った発見はなかったらしいわ。それでもずいぶんと帝國の役にはたったみたいだけれど。だからここには何も残っていない筈……なのにどうしてアナタはやって来たのかしらねぇ?」
「なにかあるから来たんじゃねえの?」
「人事みたいに言うのね。アタクシはアタクシなりに過去の資料を調べてみたのよ、それで見つけたわ〈スイシュ〉というオーパーツを」
「知ってるなら聞くなよ」
ライザは微笑んだ。相手に目的を認めさせたのだ。
さらにライザは話を続ける。
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)