魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
食事を済ませて、軽い運動もしたアレンは、店の裏に停めてあったエアバイクを取りに向かった。
店の裏まで来ると、なにやら三人組の男たちがエアバイクの周りを囲んでいた。
「おい、タイヤがないけど大丈夫かよ?」
「バラしてジャンク屋に売れば問題ないだろ」
「そうだな、さっさと運んじまおうぜ」
そう言った男がエアバイクに触れた瞬間、バチバチと音と火花を散らせながら泡を吹いて気絶した。
周りの男たちは慌てて何もできない。
そこへアレンがやって来た。
「人様のもん盗もうとするからだぜ」
?失われた科学技術[ロストテクノロジー]?の産物であるエアバイクの、行きすぎた防犯対策が発動したのだ。
アレンは戸惑って動けずにいる男たちを掻き分け、エアバイクに乗ろうとした。
「気絶しただけで命の心配はねえから、これに懲りたら盗みなんてするなよって伝えてくれ。あんたらもだぞ?」
仲間がやられ、説教までされた。
男たちはアレンが信じがたい額の賞金首だとは知らなかった。
――目の前にいるのはただの餓鬼だ。
「よくもこの野郎!」
男がアレンに殴りかかった。
どこかで〈歯車〉の音がした。
「懲りてねえな糞野郎ッ!」
重いアレンの拳を喰らった男が五メートル以上吹っ飛んだ。よろめいて五メートル下がったのではなく、宙を五メートルもの距離を跳んだのだ。
残る一人の男は仲間を置いて走って逃げてしまった。
アレンは特に追うこともしない。降りかかる火の粉は払っても、遠くの火元まで消すのが面倒だった。
エアバイクに乗って走り出す。高度はあまり出ていない。地表から二〇センチ程度の高さを飛行している。
高度を上げれば、それだけエネルギーの消費も激しくなり、空を吹く風も強くなる。エアバイクにはバランス調整システムが搭載されているが、それでも高い高度での強風に煽られてしまう。それに、高度と風速と時速が加われば、それだけ体感温度は急激に下がる。エアバイクは高い高度を飛ぶようには設計されていなかったのだ。
町を出て砂漠地帯を走る。
砂漠と言ってもここは砂の広がる地帯ではなく、土砂漠だ。
この世界の砂漠の割合のうち、砂砂漠は40パーセントほどである。残りを占めているのが岩石砂漠、礫[レキ]砂漠、土砂漠だ。
小高い丘に登るとアレンは遠くの景色を眺めた。
もう町は見えない。広がる景色はどこまでも砂漠。
空もまた、どこまでも広がっている。
降水量の少ない砂漠では、雲一つなく澄み切っている。
行く当てはない。
広がる砂漠と空になにもないのと同じで、アレンにも目的とする場所がなかった。
シュラ帝國に眼を付けられために、同じ場所に長いもできなくなってしまった。
一〇〇万の賞金首は途方もない額だ。そこまでの額になると、首を狙ってくるのは莫迦か自信がある者のどちらかだ。中途半端な者が狙ってくることはあまり少ない。
それでも時折、今日死ぬともわからない生活苦の女子供、年寄りに命を狙われたこともあった。そういうことがあってからは、なるべくそれなりの大きさがある町に立ち寄ることにしている。逆に大きすぎる町に行くと、顔が知れ渡っていることが多く、金の亡者どもがさらなる金を求めて狙ってくることも多い。
「……世の中どんどん住みづらくなってやがる」
アレンは吐き捨てて再びエアバイクを走らせた。
しばらく行く当てもなく走り続けていると、エアバイクが激しく上下に揺れた。風ではない。同じ高度を保っているのに大きく揺れたということは、地表に変化があったということだ。
崖が音を立てて崩れてきた。
「糞っ!」
ハンドルを切って土砂を避けた。
だが、それで終わりではなかった。
まるで地の底で地獄の怪物が唸っているような地響き。
アレンの目の前で地面に亀裂が走った。
次の瞬間だった!
地中から水柱が天に向かって聳え立ったのだ。
噴き出した水にアレンは一瞬にして呑み込まれた。
濁流と共にアレンが亀裂の中に消える。
為す術もない出来事であった。
威厳の象徴である広い玉座の間。
ヒールの音を響かせながら?ライオンヘア?がこの場に姿を見せた。
百獣の王で獅子が跪く相手――暴君ルオ。
「なんだい険しい顔をして?」
「またテロが起きたわ」
「規模は?」
「魔導炉が一つ、機能停止にまで追いやられたわ」
世界の電力を担っている魔導炉。その恩恵に預かっている大半は富裕層である。
シュラ帝國に対するテロ活動。一時は残酷無慈悲な帝國な所業を恐れ、なりを潜めていたが、ある時期からその活動が活発になって来た。
ルオは薄く微笑んだ。
「三ヶ月前から運気が落ちたらしい」
「貴方ともあろう御方が、運などに左右されるのかしら?」
「いや、朕に切り開けぬ道などない」
その絶対たる自信。それがなければ、幼くしてシュラ帝國に君臨し、武力と恐怖よる政治は行えない。
シュラ帝國の皇帝が皇帝であるためには、人間を捨てた強靱な精神と力を持った魔人でなければならないのだ。
運気が落ちたという発言は弱音を吐いたわけではない。その状況を楽しんでいるのだ。
「弱い者を甚振ったところで楽しくもない。さて、魔導炉を機能停止に追い込んだ彼らは、今とても達成感に溢れ、シュラ帝國に一矢を報いたつもりになり図に乗っていることだろう。叩くには良い頃合いだと思うだろう?」
「ええ、叩くのなら容赦なく」
「そうだ、久しぶりに鬼兵団に任せてみるか。三ヶ月前の働きはろくなものではなかったからね。名誉挽回のチャンスを与えてやるのも一興。今度は全員だ、全員この場に招集させろ」
「御意のままに」
鬼兵団と言えばアレンたちに放たれた刺客だ。
第一の刺客であった水を操る水鬼は、あと一歩までアレンを追い詰めたが、真の姿を見せたリリスによって葬られた。
第二の刺客であった鋼鉄の肉体を持つ金鬼は、トッシュとの戦いの末に口腔に銃を乱射され死んだ。
果たして残る鬼兵団の能力は?
再びアレンたちの前に立ちはだかることはあるのか?
運命の女神は時に残酷だ。
《2》
クーロンの住人にも忘れられてしまった廃れた教会。
神父が亡くなってからは、より廃れる一方だった。
三ヶ月前までは建物自体も崩れ落ちそうなほどだったが、今ではある者の援助によって、壊れた箇所や痛んでいた箇所が修復され、小綺麗な教会に生まれ変わった。
建物が生まれ変わっても、住人たちの心は変わらず、迷った仔羊すら教会に訪れる者はいない。
そんな教会であっても、シスター・セレンはこの場所を見放すことはなかった。
セレンもまたシュラ帝國に仇をなし、顔もこの場所も知られている。指名手配こそされなかったものの、教会に留まることは危険極まりない行為だった。
覚悟を決めてセレンはこの場にいる。
あれから三ヶ月経つが、なぜか未だに帝國はこの場に姿を見せることはなかった。その沈黙が逆に恐ろしくセレンを不安にさせる。
今日か、それとも明日か、寝ても覚めても帝國が現れることに恐怖する。
とても辛かった。
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)