魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
第3章 砂の海に沈みし都
《1》
夕刻まで走り続け、リリスの記憶を頼りに集落までやって来た。
だが、そこは無人の集落だった。
もはや集落とは呼べない廃墟だ。
リリスは沈んだ地面を眺めていた。
「昔はここに小さなオアシスがあったんじゃが、枯れてしもうたようじゃ。水がなかれば生きて行けんからな、集落を捨てて移住したんじゃろう」
水はないが建物はそのまま残っている。石造りの頑丈そうな民家などだ。
今晩はここで夜を明かすことになる。
水と食料は車に積んである。固形燃料もあるが、燃やす物がなく、暖を取るのが難しそうだ。あまり寒いようであれば、車の中で寝るのがいいだろう。
トッシュは独りで空き家に入り、そこでノートパソコンを操作していた。
「このフォルダだな」
微かな物音。
「アレンだな?」
「なんでわかったんだよ?」
「跡をつけられていたことぐらい承知だ」
「チッ」
「いっしょに見るなら手伝えよ?」
第三の声。
「見て損はないと思うよ」
リリスだった。
「勧められると見たくなくなる」
そう言って帰ろうとするアレンの首根っこをリリスが掴んだ。
「見ておゆき。情報は?失われし科学技術?のことだよ。それもこの世界に大きな変化をもたらす物のね」
「わかったよ、見りゃいいんだろ」
ノートパソコンの前に三人が集まった。
読み込まれる情報。
それは機密文書だった。
シュラ帝國による水資源の独占。
枯れた大地に水が豊富にあっては困る帝國が、隠し続けている?失われし科学技術?について。
「これはすごい!」
誰かが声をあげた。パソコンの前にいる三人の後ろにもう一人。
トッシュの銃口が向けられた先にいたのはワーズワースだった。
「殺るしかないな」
本気のトッシュは引き金を引こうとした。
ワーズワースは慌てた。
「やっぱり見ちゃ不味かったですか? 大丈夫です、僕は人畜無害なただの吟遊新人ですから。吟遊詩人っていうのは、伝承や伝説、噂話なんかを詩にして多くの人に広めるだけの存在ですから」
まったくフォローになっていなかった。むしろ口を開いたのは逆効果だ。
そこにセレンが飛び込んできた。
「みなさん探しましたよ。独りにしないでくださいよ、もぉ」
これによってトッシュは銃をしまった。そして、小さく小さく囁いた。
「命が延びたな。あとできっちりと話はつけるからな」
「…………」
ワーズワースは小さく頷いた。
ノートパソコンを閉じたトッシュはアレンの腕を掴んだ。
「リリス殿はそこの二人と、とくにこの若造のお守りを。お前は俺様といっしょに来い、場所を変えるぞ」
トッシュはアレンを引きずって別の民家へ移動した。
二人っきりになったところで、再びノートパソコンを開いた。
灼熱の砂漠の真ん中に聳え立つ鉄の要塞こそが、皇帝ルオのいるシュラ帝國のアスラ城だ。
水が枯渇しているシュラ帝國は、各地から水を調達して成り立っている。
記載されていた?失われし科学技術?は、水を生み出す装置についてだった。
それを使えばシュラ帝國は自国で水をまかなえる筈だ。
しかし帝國はそれをしない。
その謎についての記載はなかった。
機密情報が記載されているが、これは資料ではなく、メモのようであった。抜粋された内容しか書かれていないのだ。
トッシュはほくそ笑んでいた。
「水が豊富にあれば、価値観が大きく変動するな。現在、水を取り仕切っているのは金持ちどもだ。その資産価値が失われたら、奴らの泣きっ面が見える」
装置を起動するために必要な、二つのオーパーツの記載があった。
遺跡を動かすために必要な、鍵の役割を果たす〈ヴォータン〉と呼ばれる槍。
装置自体の起動に必要な、〈スイシュ〉と呼ばれる宝玉。
二つのオーパーツは別々の場所に保存されている。
アレンは嫌そうな顔をした。
「マジかよ、こっちのやつアスラ城にあんの?」
〈ヴォータン〉はアスラ城のどこかにあるとだけ書かれていた。
難攻不落のアスラ城に忍び込むなど、気が狂れたと思われる行為だ。まさに死に行くようなもの。
しかし、この場に生きて帰った者がいた。
?暗黒街の一匹狼?の懸賞金を跳ね上げた大事件。
アスラ城に忍び込み、皇太后の寝込みを襲ったという事件だ。
「昔、俺様はあそこに忍び込んだことがある」
「マジかよ?」
「お前世間知らずだな、有名な話だと思っていたんだがな。だが二度目は無理だ」
「なんでだよ?」
「あれは酒に酔った勢いだ。酒場で飲んでてある男と賭をしたんだ」
「だったら酒飲んで、俺と賭したら行けるんじゃね?」
それを聞いたトッシュはあきれ顔をした。
「お前がやれ」
「やだよ、俺酒飲まねえもん」
「……口が達者な奴だ。まあ、こっちのオーパーツはあとに回そう」
もう一つはシュラ帝國とは別の場所に保管されているらしい。
古代遺跡に〈スイシュ〉はある。
詳しい場所や遺跡の詳細は書かれていなかった。
その遺跡の名は――。
「俺……この場所……知ってるような気がする」
ノア。
アレンの記憶の奥底で何かが蘇ろうとしている。
「……やっぱ知らない。知ってるかもしれないけど、思い出せないんだ」
「思い出せ、重要なことだぞ。どこで聞いた、旅先か、書物か、どこで仕入れた情報だ?」
「だから思い出せないって言ってんだろ、せかすなよ」
「シュラ帝国に忍び込むのも骨だが、そっちは場所がわかっているんだ。いいから思い出せ」
トッシュはアレンの頭を掴んで振った。
「お〜も〜い〜だ〜せ〜」
「やめろよ、糞野郎、それ以上やったら!」
二人に忍び寄る影。
「〈ノアの方舟〉」
そう男はつぶやいた。
二つの銃口を向けられたワーズワースは苦笑いを浮かべた。
「すみません、気になって気になって……あはは」
トッシュはワーズワースに迫り、銃口を眉間に押しつけた。
「命を捨てる覚悟で来たんだろうな?」
「命は惜しいですけど、吟遊詩人としてロマンを追い求める義務もありまして……。伝説とか、伝承とか、うわさ話とか……?失われし科学技術?と聞くと躰がウズウズしてしまうんですよね」
「その気持ちは俺様にもわかる。トレジャーハンターとして、財宝や?失われし科学技術?にはロマンを感じるが、命までは捨てないぞ」
目と鼻の先で引き金が引かれようとしている。
ワーズワースは後退るが、銃口もいっしょについてくる。
「ちょっと待ってください! 吟遊詩人としてお役に立てる情報があるかもしれませんよ、ここで僕のこと殺しちゃっていいんですか、たぶん後悔しますよ?」
「ここでお前をやらないで後悔するよりはマシだ」
「そんな酷いですよトッシュ様。ノアですよね、ノアと言えば〈ノアの方舟〉が有名です。遥か神話の時代の伝承なので、ここで僕を殺しちゃったら、調べるの大変だと思うなぁ」
「詳しいのか?」
「まあ吟遊詩人ですから」
「うさんくさい職業だ」
「トレジャーハンターほどじゃありませんが」
やはり引き金を引こうとトッシュがしたとき、アレンがめんどくさそうに割って入ってきた。
「殺すなら情報を聞いてからでもいいだろ?」
やっぱり殺すのか。
トッシュは銃を下ろした。多少は寿命が延びたらしい。
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)